月の東





「そこに居るのは……孟隻か?」


散々騒いだ酒宴の後。
冷気を求めて庭の近くに座っていると、後ろで自分を呼ぶ声がした。


「こんな端で何をしている」


暗い庭を正面に、後ろに近付く気配は既に馴染みのものだ。


『片倉か。…いや…、こんな東の島国でさえ、見える月は変わらないものだな』


飲みすぎて、今寝ると明日は倒れる羽目になるとは言い難い。
聞かせるにはあまりに情けない話だしな。


「変わらないのか?」


『ああ。同じように丸いな』


この地でも、欠けてはまた満ちるものだと知ったのは最近の話だ。

かつて主上の傍らで見た物を、遥か異国の地でも見られようとは。


『太陽ではこうは思わないから不思議なものだ』


「……お前みてぇな武将でも酔うのか」


柱に寄りかかって笑えば、意外そうにそう言われた。

でまかせが過ぎたか、あるいは感傷が表に出ていたのか。流石に酔いを紛らわしていると気付いたらしい。


【私は下戸だ。本来は一口も飲めんよ】


「…は?」


【しかし酒を受けぬは武将の名折れ。ひいては主上の御気分にも関わる。だから無理矢理殺してでも酒は飲むことにしている】


酔わないよう、味さえ感じないと決めて流し込む。平たく言えば意思の力で酔いをねじ伏せる訳だ。
酒や造り手には申し訳ないやり方だがな。

強引だが、私にとってはこれしか術が無い。


「おい、さっきから何を言ってやがる」


『……なんだと?』


「異国語で言われたってわからねえぞ」


憮然として言われ、ふと思考が止まる。


『母国語だったか?』


「気づいてなかったのか?」


気付かなかった。
どうやら、無意識の内に元の言葉に戻っていたようだ。


『…しまった。思ったより私はまともでは無いらしいな』


この地では、弱みを隠す必要も無いかと思ったのだが。
これは、話すなと言うことなのかね。

まあ確かに、話そうと思ったその事自体が、常と異なる思考のせいかも知れない。


「そりゃ、あれだけ飲んでりゃな…」


明らかに呆れている声が、この男にはよく合っていると思う。


『既に出されたものは受ける癖がついているんだよ』


長年で染み付いたものは、そう簡単に変えられない。

しかし話しているうちに、どうやら少し気が緩んでいたようだ。
気分が悪くなる兆候を奥に感じる。


『私はもう暫くここで休んでいこう』


まだ気のせいの範疇だが、今のうちに再び押さえ込んでしまいたい。


「そうしろ。お前みたいなデカい奴に倒れられたら後が面倒だ」


呆れ半分、嘆息混じりにそう言われ。

ついでの一言に思わず吹いた。


「一応女だしな」


『おや。もしや片倉は、顔に似合わず優しいのか?』


わざとらしくおどけて見せれば、反対に大袈裟な程首を竦められた。


「てめぇにだけは顔でとやかく言われたくねぇな」


そう笑って背を向ける片倉を見送ると、空には、溶けそうな月が揺れている。



こんなも揺れる月は、久しぶりに見たと思った。





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