元親の場合
『いやだ』
目の前の畳には所狭しと広げられたカラフルな布。
もう少し詳しく言えば、女物の着物と華やかな小物。
そしてそれを持って舜に迫る元親。
姫若子と呼ばれた元親が女物を持って迫るなど珍しい、というよりは誰が見ても初めての光景だろう。
「でもよぉ…舜…、なんかあってからじゃ不味いじゃねえか」
しかし本人はいたって真面目にそう言って困ったように眉を下げている。
対する舜のほうは脇息にもたれて頬杖をついたまま、先ほどからちらっとも表情が変わらない。
政宗の舜誘拐事件で嵐のようだった奥州から上手いこと舜だけを自領に連れ帰って来たのは良いものの、こんな不機嫌な顔を見ることになるとは元親もまさか思ってもみなかっただろう。
「災難除けのまじないみたいなもんなんだよ…な?」
『…………』
「(…無視!!?お…怒らせちまったか…!?)」
言い聞かせるように下手から控えめに言ったところで相手は相変わらずの無表情。まるで冷ややかに見返されるだけだ。
まじない、迷信の類を重んじるのは船乗りの習慣。領土全体で地域的にそういう感覚でやってきただけに、まさかそれがこんなにも受け入れてもらい難いことだったとは。
舜の頑固な反応に、そろそろ元親の心も折れようかというところだ。
「…男子は悪い神さんにさらわれちまうんだよ!舜はすげえ綺麗だから、絶対目ぇつけられちまうって…!」
必死に説得を試みるものの、すでに舜の目線は明日の彼方。元親の話を聞いていないのは一目瞭然で。
『舜……!』
武力衝突する元就(+小太郎)と政宗(+小十郎)の間から小さな体を抱えてとんずらする時は、初めて舜を独占できる期待と喜びでいっぱいで、こんな風に無視されるとは考えすらしなかったというのに。
『もとちかがきればいい』
「…っそれじゃ意味ねえんだよ!舜が着なけりゃ…」
舜の返答に思わず反論を叫びかけるが、睨まれてあっという間に声が詰まる。
開きかける舜の口が、次に紡ぐのはきっと自分への拒絶の言葉だと思えば、かち合ったままの視線がどうしようもなく重く感じられて仕方がない。
そんな息をのむ元親を見て、半眼の舜が息を吸い込み、一拍。
『…………なくなよ』
「…だ、って……」
わずかの間をあけて出てきた言葉は元親の予想とは違ったが、呆れたような口調がそのままなことにまた不安が募る。
「舜…に、嫌われたく、ねえけど……舜が…さらわれちまう、のも、やだぁ…」
嫌わないでとぐずぐず鼻をすする目の前の大人に、一応困惑しきりの舜だがそれはそれ。
とりあえず女装せずに元親を言いくるめる方法はないものかと頭をひねって考えていた。
そしてひらめく打開策。
『俺を守ればいい』
「…え…?」
『もとちかがそばで守れ』
そうすればさらわれる心配がなくなるだろうという、傲慢かつわがままで相手の都合を丸ごと無視した発言だが、(自分のひらめきに満足した)笑顔で言われてしまえば不安に揺れる元親はうっかり言いなりになってしまうわけで。
「……じ、じゃあ…!俺、まだ舜のそばに居てもいいか…!?」
頷く舜に安堵してまた更に涙が出る。
それに呆れる舜に、元親は慌てて目をこするが一向に涙は止まらないようで。
『……………』
「…ちがっ…、だってなんか…止まんねんだよ…」
焦って再度混乱しだした元親の手を舜が押さえる。乱暴にこすったせいで元親の目元はやや赤くなってしまっていたが、しかしどうやら舜の関心はそういうことではないらしい。
不思議に思う元親を後目に何を思ったのか、そのまま舜はぺろりとその指の先を一舐めして。
『しょっぱい…』
「…っ!!!!??」
ぽつりと呟く。
『もとちかは甘いかとおもった』
「なっ…なん…!??」
続く言葉も曖昧なニュアンスで、到底意味のつながるものではなく。
驚きと嬉しさでパニック状態の元親にはもちろん理解できるわけがない。当然そんな状態では問い掛けようにもきちんとした言葉にならないままで、肝心の舜には首を傾げられるだけに終わった。
『…なきやんだな』
「…舜…!!!」
しかし驚きついでに涙も止まった元親に向けて舜が微笑んだものだから、元親の方でも理由なんて些細なことはもうどうでも良いわけで。
結局、どうして舜が元親を甘そうだと思ったのか、元親が知ることはなかった。
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