政宗の場合
舜が政宗によって奥州に連れて来られてはや十日。今のところまだ(ギリギリ)元就たちの追っ手も来てはいない。
その束の間の蜜月を、政宗は全力で満喫していた。
「舜!あーんvVな?どうだ?美味いか?オレが作ったんだぜ?」
「昼寝か?オレも寝る。舜はオレの腕(枕)で寝ろよ!」
「舜、今日はこれ着てくれ。似合うと思って作らせたんだ!ついでに着替えも手伝ってやるvV」
「舜が元服したらすぐオレのこと娶ってくれるんだろ?オレはその時までずっと美人なままで待ってんだ。それで婚礼の……」
…とにかく全力で満喫していた。
しかしいくら政宗が半分妄想まじりとはいえ、世話を焼いてくれているのには変わりないので舜の方でもこれといった文句はない。
ただ、朝は起きた瞬間から夜は布団に入るまで…というか、風呂布団の中にいたるまで常に行動を共にしているので、ほとんど離れている時間がないのが少々窮屈で問題といえば問題ではあるが。
とはいえ四六時中べったり張り付いて離れず、隙あらばスキンシップ(セクハラ)に繋げる押しっぷりだが、美人なので舜もまんざらではではないから今の状態が維持されているのだ。
そしてそんな常時ピンクのオーラとハートを振りまく自分たちの主に、配下たちもああやっとこの奥州にも春が来たのだと思わず熱くなる目頭に手をやるばかり。それどころか前の男らしい筆頭も格好良いが、正直なところ筆頭さえ幸せなら文句ありませんと胸を張って答える始末。
ついでに、香月さまは可愛いですしと続けた何人かは褒美の野菜を小十郎から賜っていた。
もはや伊達軍に理性あるストッパーはいなくなったと断定しても問題はないだろう。
そんなハッピー真っ盛りな伊達軍で過ごす二人ののんびりうららかな昼下がり。
『…もとなりがいない』
と、当の舜本人が結構な爆弾を投下する。
『ふーまも』
「!!!?」
普段ほとんど何も喋らない舜から、まさかそんな言葉を聞くとは。
まったく予想していなかっただけに政宗の受けた衝撃は大きい。思わず掴んでいた急須を握り潰す程度には動揺していた。
「な……突然何言い出すんだよ?別にヤツらが居なくても…オレがいるだけじゃダメだってのか…!?」
自然と詰め寄る政宗に、一口茶をすすった舜がぽつりと告げる。
『だめ』
「!!!!」
これ以上ないほどはっさり切られ、固まる音が聞こえそうなくらい見事にフリーズした政宗と、その反応を不思議そうに眺めている舜。
その光景をたっぷり十分間は続けてから、ようやく。
復活した政宗がそれはもう悪い顔でにっこり笑いながら、お返しのような発言を告げた。
「…OK。舜はオレに中国を落とせっつってんだな?」
『…!?』
その内容に今度は舜が固まる。あまりに突飛すぎるため頭の中で話がまったくつながらないのだろう。
政宗の発言は直前までの会話とまったくかみ合っていないのだから当然と言えば当然だが。
『………言ってないが…?』
「だって毛利って言ったじゃねぇか」
『………???』
既に鎧を着込み始めた政宗。
いまだに飲み込めていない舜。
悩んだままの舜と手甲をはめながら振り向いた政宗の目が合って、一拍。
「アイツらがいると気が散って、オレだけを見てられねぇんだろ?」
そう言って更ににっこりと笑う。
「だから落として、削除してやる。you see?」
そのそれはもう綺麗な、とろけるような笑顔を向けられて、ここでやっと舜にも事態が飲み込めた。
首を傾げたまま、瞬きながらひらめきの正否を確かめようと声を出す。
『…………やきもちか?』
もしかしてと思いながら言えば、政宗は途端にたった今までの笑顔を引っ込めた。
そして代わりに憮然とした表情をはり付けて、低い位置にある舜の目を覗き込むようにしゃがんでみせる。
「…You got it.舜が悪ィんだぜ。オレといるのに他のヤツの名前なんか呼びやがって…」
※その通り
目の前にある、口をへの字に曲げた表情にやれやれとため息をついたのはあくまでも舜の心の中でだけ。物騒なやきもちやきにそんなことを言えば火に油だと舜は本能的に知っている。
「なんでオレだけじゃ駄目なんだ?何が足りない?」
拗ねたような悲しげなような顔で、無理やり上目遣いに問い掛ける政宗に対して、こちらも少し首を傾げた舜が答える。
『…ふーまの茶はうまい』
「!、オレの茶は不味いのかよ!?」
『うまくはない』
取り立てて不味い訳ではないが、小太郎の入れるものに比べるとベストではないらしい。
その発言に少なからずショックを受けた政宗ではあるが、そんな些細なことで限りある舜との蜜月を手放す気はさらさらない。それはもう微塵もない。
「なら、国で一番茶の美味い奴を探してくる…!オレも練習する。小十郎にも、軍の奴ら全員に入れさせてみるし練習させる。な?それならいいだろ?絶対美味い茶を飲ませてやる!だからまだここにいろよ舜…頼む」
問題点がわかったら、あとはとにかく見つけた突破口に向けて進むのが独眼竜のやり方らしい。ついでにこの際ちょうどいいと思ったのか、舜の目を見つめたままこの城に留まることのメリットをありったけ言い募り、最大限の譲歩までしてみせていた。
しばらくその必死さと、問題解決の希望を見つけた嬉しげな表情で詰め寄られていれば、さすがに舜としても無碍にはしづらくなって。
『…ここにいる』
ついに折れた。
その瞬間の政宗の顔はまさに輝きを放っているとしか言いようのないものだったと舜は認識している。
「…Thank you!!My darling!愛してるぜ!!絶対後悔させねえからなvV」
言いながら、満面の笑みで舜に飛びつく政宗。
子供に大人が抱きつけば、当然抱きつかれた舜は苦しいばかりなのだが、あんまりにも政宗が喜んでいるのでどうでも良いかと思い直す。
顔中に落とされるキスの雨も、奥州に来てからはもはや慣れっこで。
ぎゅうぎゅう締め付けてくる腕から舜はなんとか自分の両手を抜き出すと自分からも政宗にしがみついてみた。
『まさむねはやきもちやきなのか…』
知らなかったと心の中で続けて、今後の為に覚えている方が良いかもしれないと子供ながらに心に刻む。
まさかあんな些細なことでやきもちを焼かれる羽目になるとは思ってもみなかったと思いながら、ちいさな両手で政宗の顔を挟むとはなの頭にキスをした。
『…かわいいから、ゆるすけどな』
はじめて自分からしてみたわけだが、政宗の隻眼が見開かれて面白いかもしれないと舜は要らない学習をする。
「!!…舜…!」
こっそりそんなところも良いのだとは思うが、言うと助長しそうなので言わないでおくらしい。誰が教えるわけでもないのに、こういうことばかりは分かるのか。
しかし有頂天になった政宗にその日一日中抱きつかれることになったのは勿論舜の自業自得としか言えないだろう。
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