小太郎の場合
『ふーま』
「………」
やや適当に呼ぶ子供。
それが消えるのも待たずに現れる忍。
『………』
とはいえ呼んだものの、どうやら舜にはそれ以上何かを言う気はないらしい。ぼんやりと脇息にもたれたまま、半眼でじっと小太郎をながめている。
「………(サッ)」
しかし、すぐに何も言わずに立ち上がった小太郎が、舜の正面に位置する障子を音もなく開け放つ。
いっぺんに広がった絶景に、舜の持つ空気も和らいで。
先ほどよりは大分機嫌が上向いたらしい。
間を空けず小太郎が茶を差し出せば、くつろいだままそれを啜る。
何かをしろと言うより先に、どうにかしろと雄弁すぎる目が語る。
不快にさせないようにさせないように、かつての伝説の忍がせっせと世話をやいている姿ももはや日常的で。
『ふーま』
飲みかけの湯のみをそこらに置くと、再び子供特有の高い声が名前を呼んだ。
『ふーまはやねは外せないのか』
これには流石に小太郎も固まる。
一瞬、(見えないが)黒目が点になるほど驚いたくらいだ。
どうやら穏やかそうな日差しが気になったらしいが、自分から動く気はないらしい。
小太郎がその質問をどう解釈したかは不明だが、じっと見つめる舜に出来ないと言うとも思えない。
「……………(ペコ)」
(内心で)悩みに悩みぬいた末に、小太郎は小さく頭を下げる。
そして一拍後。
『…!…』
舜の眼下には360度、四方に広がる景色。そして吹き寄せる風と頭上からの降り注ぐ日差し。
気付けば小太郎に抱えられたまま、外せなかった屋根の上に座っていた。
「………?…」
外す代わりにこれではどうかと、微動だにしない主君を窺うような小太郎に、ゆっくりと向き直って言い放つ。
『ふーまはいい犬だ』
賢いなと小さな手が頭に置かれる。
若干上機嫌そうな声で口角を持ち上げながら、そのままくしゃくしゃと髪を混ぜるのだ。
その芯から満足げな幼主を間近で目撃した小太郎が、やはり自分はこの呼ぶ声の届く範囲にいなくてはとしっかり心に決め直した事は言うまでもないだろう。
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