元就の場合(プロローグ)
『お早うございます』
そう言って開けた襖の奥には、見慣れぬ子供。
ぱちりと一つ、元就が目を瞬かせた。
「……………?」
不思議そうに首を傾げる相手につられて、つい元就も首を傾げてしまう。
『…………』
「…………」
お互いに固まったまま、出方をうかがうような沈黙が流れる。
普段の元就ならば、見知らぬ相手など即座に問い詰めて処分するところだが、どうしてもそうした行動に移れない。
混乱しつつも自分自身でその理由を突き詰めようとしたわずかな思索の結果は、不敬にあたると思うから。
そう、無礼な気がするのだ。
かつてそのように感じた相手は一人しかおらず、今元就が仕えている舜に他ならない。…のだが、どうにも目の前の子供は舜に似ているのだ。
否、似すぎている。
面差しは勿論、視線の強さや居住まい、何より寄せ来る威風が元就には舜のものに思えてしまうのだ。同質というより、全く同じとしか思えない程に。
舜の部屋にいた事も合わさって、一つの仮説が浮上する。
まさかと、思うような仮定ではあるが。
『………舜様…ですか?』
元就自身も信じ難いと強く感じながら、それでも当て推量のまま恐る恐る問い掛ける。有り得ないとは思うが、一方で舜を常識などで計ることも無意味な気もしてしまうのだ。
その問い掛けた声に、訝しげに少年の眉が寄って。
「……だれだ?」
と、一言。
返って来た答えに(正確にはその声に)、疑いは更に強まるばかり。
そして続いた決定的一言によって、ついに予測を認めざるを得なくなった。
「どうして俺のなまえを?」
『………………』
…目眩がしそうな状況ではあるが、事実を否定したところで無意味だろう。
どうやら、目の前の少年はやはり、元就の仕える舜自身で間違いないようなのだから。
『(…我が動揺していては…姿形など些細なことではないか…)』
思わず日輪に縋りたくはなったが、まずは現状を収束させなくてはと冷静さをつなぎ止め、なんとか自分を奮い立たせた。
『…我は、舜様にお仕えする毛利元就と申します』
そうかとただ一言。子供の頃から、なんと威厳のある態度をとるのだろうと元就が畏敬の念を募らせていたところ。
「もとなり」
『は、』
「ひざをかしてくれ」
ポカンと、まるで音までしそうな程。
唐突な命令に虚を突かれた元就は目を丸くするばかり。
『膝…、ですか?』
うっかり聞き直せば、再度子供の眉が寄るのが見えた。
それに慌てて元就が近付くと、その膝を枕に舜はころりと横になってしまう。
「ねる」
余程眠たかったのか、すぐに規則的な寝息が聞こえはじめる。
『…………』
疑うとか、説明を求めるだとか、もっと他にするべきことはありそうなものだが。
会ったばかりの元就の膝の上で平然と眠る子供は、やはり普通の子供ではないらしい。
『(…お小さい頃から胆の座ったお方よ)』
半分呆気に取られたまま、ぼんやりと色の薄い髪を梳く。
普段よりも軽い頭の重さを感じつつ、顔が弛むのは止められない。
明らかに異常が発生しているのは元就にもわかっている。
わかってはいるが。
いざ目の前でこんな風に、幼い主の寝顔を見てしまうと、こんな事態も幸せかもしれないと感じてしまうのだ。
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