もしもシリーズ。by上杉軍





《もしも天帝さまのお使いが別の人だったら…?》


→きっと拾われた軍も違うはず


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やあやあどうもどうも、本日もお日柄が良くて大変ようございますな。

わたくし、越後の片隅を間借りいたしまして、絵師をやらせて頂いている卯之助という者でございます。
以後よろしくお見知りおきくださいまし。

え?えぇえぇ、はい、いえね、わたくしはそんな、聞いてああ、あの、というような大層な評判は頂いていやしないんですがね。
運良くこちらのお城のお殿様に絵の腕を認めていただけまして、こうしてお抱えとして雇っていただけている次第でございます。はい。
この戦国乱世の生きづらい時代に、まったく有り難い話でございますよ、えぇ。
本当にわたくしなんかにはとてもとても勿体ない思し召しで…。

だからせめて少しでもご恩をお返しせねばとわたくしは日々腕の向上に努め、たとえどんな些細なご用事でも申しつけて頂けた際には、全力で取り組ませているのでございます。


そしてそんなわたくしの最近のもっぱらのお役目は、ある方々のお姿を隙あらば紙に写し取っておくことでありまして、今もせっせとそのお仕事に励んでいる最中なんでございますよ。

ちょうどほら、今部屋に向けて振り向いたお方がおられますでしょう?


「きもちのよいひざしですね」


あの白い着物をお召しになって、たおやかに微笑んでいらっしゃるのがこのお城のお殿様、わたくしの雇い主でもある上杉謙信様でございます。
本当に、初めてお会いした時から何のお変わりもなくお美しい方で。えぇ。

巷にある毘沙門天のあの厳めしい像なんかとはまるで似ても似つきやしませんね。
でもそれでいておんなじほどお強いというんですから、そりゃあ拝まないわけにはいきませんでしょうとも。今からでも寺にある毘沙門様を端から上杉様のお姿に彫り直したいくらいでございますよ。ええ本当に。


「しゅんもここで はなをみてゆきますか?」


その上杉様がお声をかけておられるのが、つい最近このお城にやって来られた香月舜様とおっしゃるこれまた目を疑うような美丈夫。たった今お部屋の奥から縁側にいらっしゃいまして、ただ返事の為にただ頷いてみせるだけでも、香月様がなさるとお芝居の中の一場面のようでございますよ。

なんでも、数日前に空から降りていらっしゃったそうで。そんな眉つばな話を聞かされても、頭っからそうだろうそうだろうと思わず納得するような、まっこと神さまみたいなお方ですとも香月様は。
ただしそのかわり、押し寄せてくるような威厳が恐ろしく方でもあるんですがね…。

しかしながら、遠目に拝見させていただく分には何の不満がありましょうか!
このお二方が並ぶだけ姿を描かせていただけるだけでも絵師冥利に尽きるというものです!

今だってすべるように筆が走って止まらないほど順調なんでございますから。はい!


「卯之助」


『かすが様!』


さて背後から急に現れたのが、わたくしにこの日々のお仕事をお命じになった方でございます。


『ただ今お帰りですか?』


「ああ。…それより、謙信様と舜様は?」


床に足が着くなりそう言って辺りをきょろきょろと。
この方も弁天様だって裸足で逃げ出すような素晴らしい容姿をなさっているんですがね。


『はい、お二人ともあちらで庭の桜をご覧になっておられますよ』


どうもそれ以上に先のお二方に心酔されてしまっていらっしゃるんで。
わたくしの描きました上杉様と香月様の絵を常に肌身離さず持ち歩いておられるくらいですから、その度合いは言わずもがな。


「…ああ…なんとお美しい……桜がかげる…」


柱の後ろから熱い視線を送る姿を見慣れてしまったのですから、わたくしも拾われて長いということでしょう。
しかしそれでもあのご衣装のどこにお持ちなのか、それだけは口が裂けても言えませんな。大層気にはなりますが…。


『それから、こちらがかすが様の留守の間に描きためたものでございます』


言って差し出せば次の瞬間にはもう、わたくしの手の上に紙の束なんてありゃしません。目の前で立ったままのかすが様が食い入るように内容を確かめておられるんです。

まあこれもいつものこと。じっくりと隅々までご覧になるかすが様の判定は、大変に厳しいものでして、はい…。わたくしも毎回半分は没をいただいてしまい…これまでに何度お叱りを受けたことか…。

とはいえその結果が出るのにはいくらかの時間もかかります。
その間にわたくしは描き途中の絵を仕上げさせていただこうと思っておりますので、ここで一旦失礼させていただきますね。


「ことしのはるは いちだんとあたたかい…」


「………」


「これもしゅんがきたおかげかもしれません」


「………」


「これならば、かいのとらとも よきいくさができるでしょう」


「………」


「そのときには、しゅんもみにきますか?」


「……行こう」


相変わらず雅なんだか物騒なんだか。会話の内容さえ聞こえなけりゃまったく玲瓏とした幻想世界の場面のようなんですけどもね。


「…卯之助」


完成した絵を抱えているところで、かすが様にがっしりと肩を掴まれておりました。


『……お気に、召しませんで…?』


振り向いたところに待っていた鋭い瞳。こういう時美人は本当に怖くていけません。


「……お前の腕は宝だな!!」


『…………へ?』


「謙信さま直々に拾ってきた時は殺してやろうかと思ったが、生かしておいて正解だった!謙信さまははじめからお前の腕を見抜いておられたのだな!!!」


そんな風に思われていたとは……腕を磨き続けていて良かった。

それからはどこが素晴らしいだのここはよろしくないだのと、一枚ずつご指摘を受けまして。
最後に描きあがったばかりの絵まで検分していただいて、今回のお仕事は終了でございます。
まあ、隙あらばというご命令ですから、もう次のお仕事が始まっているのと同じことなんですけれどもね。


「つるぎよ。あなたもこちらにおいでなさい」


「…はいっ!!!!」


見計らったように上杉様がかすが様をお呼びになります。
というか、見計らっていらっしゃるんですけどね。

先ほどからのわたくし共のやりとりはもちろん、日々わたくしが描いている事もその理由も上杉様はご存知でございますから。秘密のつもりなのはかすが様だけなのですが、上杉様も香月様もお優しいので気付かないフリをしていらっしゃるのでございます。
あのお二人がそうしてお付き合いくださるくらいですから、かすが様はそりゃあもう大切にされておいでなんですとも。

今だってお二方の側で相当きらきらとした何かを振りまいておられるんですが、あそこまで嬉しそうにされたら確かに無碍にはできませんでしょうよ。


「桜の下に立たれるお二人も素敵です…!!只今お茶を…」


それにしても、わたくしはかすが様ほど目立つ忍の方を存じませんな。もちろんそんなに沢山の忍の方と知り合いの訳ではございませんが。


「いい」


「え…しかし、」


「よいからあなたもここにいなさい。さくらがちってしまいますよ」


…は!香月様も笑っていらっしゃる!これは何という珍しさ!
もしかしなくともこれはお仕事のしどきでは!?


「舜さま…謙信さま…このかすが、幸せでございます…!!」


わたくしもまったく同感です。

桜の木に穏やかな日差し。そして居並ぶ綺羅星のごとき麗しいお三方。
これ以上の華やかな場面が他にどれだけあるというのでしょうか。まさにこの世の楽園、桃源郷と見紛うばかり。
もしもこんな光景を紙に写しとれるとしたら、それを見せただけで魚も鳥も沈むに違いありません。

この素晴らしい風景を目の前にして絵を描けるなど、これほど恵まれた絵師は他にいないとわたくしは毘沙門様に誓って断言してもようございますよ。





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