貴方の隣争奪戦



――小太郎視点―→




近頃は夜明け前、舜様が起床なさる前に、毎日のように繰り広げられていることがある。


「伊達、貴様いい加減自領に帰らんか!」


「Ha!!誰が帰るかよ!」


屋根裏から見下ろすといつもこうして言い争っているのだ。


「足りない頭でも少しは舜様のご迷惑というものを理解せよ!!」


「その舜がいて良いって言ったんだぜ!」


こうして伊達を怒鳴りつけるのが最近の毛利の日課となりつつあるのだ。
しかも舜様の眠りを妨げぬよう、わざわざ離れまで連れて来てするのだから念が入っている。


「…っ!舜様の寛大さに甘えおって…!」


しかしここ何日か俺も覗いてみているが、一向に伊達が帰る様子はない。
俺としても不必要に舜様に馴れ馴れしい伊達は好かん。なんとしても毛利には頑張ってほしいところだ。


「舜様はお優しいから言われないだけだ!自ら察っせぬのか!!」


「テメェこそ舜の何見てやがんだ?全然迷惑なんかしてねーだろうが」


「貴様!!二度までも舜様のお名前を呼び捨てにするとは!!許さん!」


「How impolite!(よく言うぜ!)テメェだって呼び捨てにするじゃねーか!」


「あ…あれは舜様がそうせよと……」


「どうだかな!言われたからって鵜呑みにして良いと思ってんのか?お前は舜の家臣なんだろ?」


「…くっ…!」


確かに伊達一応形だけ曲がりなりには同盟国の主。百歩を百度譲れば舜様と同等な立場と言えるかもしれん。

しかし舜様と伊達を比べるなど…笑止。
有り得んな。同じ天秤にかける事すらはばかられる。


「わかったら大人しく引っ込んでな。you see?」


「…〜〜っ!!!」


悔しげに睨み上げる毛利を得意げに伊達が見下す。

やはりこの男は好かん。同じように舜様のお側にいるというのなら、十分に敬意を持っている毛利の方がまだ良い。

…本音を言えば、俺一人でお仕えしたいがな。


「……片倉!貴様もこの愚か者を引きずってでも帰らんか!いい加減に自国の執務も溜まっておるだろう!?」


分が悪いと見たのか、毛利は説得の矛先を変えるらしい。


「…今なんつった?アァ!?政宗様を捕まえて何だと?」


「フン…何度でも言ってやるわ。奥州の領主は政務をしない馬鹿殿よ!!」


「テメェ!!二度と口がきけねぇようにしてやろうか!」


くっきりと眉間に皺を寄せた片倉の凄みも、多少の冷静さを取り戻した毛利には効き目がないようだ。

確かに舜様に比べれば恐るるものなど無いがな。


「その前に己の戴く主君の事をよくよく思い出してみよ。舜様が貴様に御下賜なされた飴を勝手に食らうような身勝手な主ではないか」


「…!…ぐ…っ」


確かに残らず食われて切れた片倉が、主君の伊達に斬りかかったのは記憶に新しい。
何しろあの時は奥州の主従二人が立ち回ったせいで城の一部が倒壊したからな。
全く迷惑な話だ。

だがその光景を見ても眉一つ動かさず、平然としておられたのだから、舜様はやはり肝の座ったお方だ…。

今まで見てきたどの君主よりも素晴らしい。


「その後で事情を知った舜様が、再度貴様に同じ褒美をくださったのを忘れたのか」


咎めるように口調をきつくする毛利と、それに動揺し始めた片倉。

しかし、己の不注意で頂いた御物を失するなど無礼の極み。本来ならば切腹も有り得るというのに、舜様は一言の咎めさえなさらず、有ろう事か慰めさえ与えておられたのだ。

その過分な御温情さえ忘れたというのならば、わざわざ帰すまでもない。今俺の手で殺す。


「………忘れちゃいない…」


黙っていた片倉が拳を握り締めて俯く。


「忘れられる訳がねぇ…!あの時の飴は、今も肌身はなさず持っている…」


そう言ってそっと胸元に手をやる仕草は本当に幸福そうだ。
横ではそれを射殺さんばかりに睨みつけている伊達。

…この主従は本当にこれで大丈夫なのか?


「ならばその御恩に報いよ。舜様の為にもさっさと帰れ!城を壊すような阿呆共は危なくてお側に置けんわ!」


正論だ。
片倉も言葉に詰まっている。

これで片倉が折れれば、恐らくは主の伊達も強制的に帰らされるだろう。
舜様の周りもやっと静かになるに違いない。


しかし万事上手くいくかと思ったのも束の間、


「冗談じゃねぇ!!オレはまだ舜の側から離れねーぜ!」


この…馬鹿殿が…!


「小十郎だってまだ舜といたいだろ?」


「…それは、そうですが…」


「オレが居ない間の政務は鬼庭と成実がやるからいいんだよ!アイツらを信じとけ!」


言葉だけ聞けば良い台詞のようだが、全く誉められたものではない。
舜様と違い、無責任極まりない君主だな。


「……伊達!貴様、今日という今日は許さん!舜様の為、成敗してくれる!!」


「Ha!やれるもんならやってみな!!?」


「政宗様!!」


武将二人が武器を取り、離れの一室に似つかわしくない殺気が充満する。

伊達側には片倉もいる事だし、流石に毛利に助太刀した方が良いのかと思いはじめた時。


「…鐘が!」


いつものように舜様の御起床を知らせる鐘が鳴り響く。

しまった!今朝は舜様のお側に居忘れていた…!!


「舜にmorning callをしなけりゃな!」


「貴様は大人しくしていろ!我が行くのだ!!」


「うるせぇよ!早い者勝ちだろ!?」


先ほどまで争っていた空気は何処へやら。
襖を開けると皆一斉に駆け出す音がする。…片倉までか。


しかしこればかりは俺も負けられん。

下を行く者共に先を越される訳にはいかない。飛ぶように駆けて、一足先に舜様の御室に辿り着く。



「小太郎か…」


早いなと、僅かに呟かれる。
日中とは違い、覇気が薄れておられる御声もまた格別の素晴らしさがおありだ。

その声で名を呼んでいただける幸いを誰に譲ってやるものか。

僅かに寝乱れた御姿を拝見出来る幸福を噛み締める。


舜様の事にかけては、俺とて誰にも引けを取るものか。
これからも本気でいかせてもらうさ。





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