はたらきバチ25匹目



――佐助視点―→




最近勢力を増したっていう、九州の怪しい教団の噂は聞いていた。
もちろん、その後毛利の領土に騒動の中心が移ったことも。

だが計算違いだったのはその毛利が水軍で奥州の伊達を迎えに来たってことだ。本当に誰も予想だにしていなかった展開だったねあれは。

どっちから持ちかけたのかは判然としないが、どっちにしてもこの二国が繋がるのは不味かった。
初めは遠すぎて同盟が機能しないように見えたが、実際にほんの数日で船団が奥州に着くのを見せられちまっちゃね。


流石は毛利、最強の水軍と呼ばれるだけのことはあるぜ。


もちろんこの型破りなほど規模のデカい遠交近攻策を諸国がいつまでも黙って見ている訳もない。
両君主の揃った中国に使いを出した。
密偵、いわゆる忍ってやつさ。

武田も当然向かわせたさ。武田本家の忍とは別に、俺様の手勢からも何人か送ったし。
いくら新勢力を調べるにしたって普通なら十分すぎる年の入れように思ったくらいだよ。


だが結果は散々、誰一人戻って来やしない。
いよいよ手ごわい相手だと誰もが気付いた頃、上田に大将から俺様を名指しの使者が着く。



「何故呼ばれたかは分かっておろう」


もちろん、そう含みを入れて頷けば、大将も一つ大きく頷く。


「ならば敢えては言わん。しかし心して行け。向こうは儂の手勢を三人も喰ろうておる」


俺様の部下と合わせると、どうやら武田だけで五人も潰されているらしい。
こりゃあ相当の手練がいるか、あるいは警備が厚いのか。

どちらにしろ厄介なことには変わりないみたいだな。大将が渋い顔してるわけだよ。


『御意に。朗報を待っててくださいよ』


ま、俺様ならなんとかなるでしょ。





* * * * *






…なんて、軽い気持ちで臨んだのが間違いだったのか?


忍び込んだ高松城、警備の人数はそれほど多いわけじゃない。ただ忍頭があの風魔だったってのが計算違いだっただけだ。

どうやら里を抜けたらしいって噂は本当だったみたいだな。抜けてなおこの人数が付いてくるなら大したもんだ。
流石は伝説の忍ってことか。


しかし城の警護としては決して多い人数じゃない。警備はどうしたって人手がものをいう類いの仕事だ。いくら忍頭があの伝説でも、上手くやりゃ忍び込むことくらいはできるさ。
そりゃもちろん、俺様だからってのはあるけどね。


だから問題はそこじゃない。
問題は…


「……」


目の前に横たわった相手の顔が綺麗すぎるってこと。


首尾よく本丸に入り込んだまでは良かった。今回の同盟に深く関係してるらしい要注意人物の部屋を見つけ出したのも問題ない。
少し前までは、命令でもないのに自発的に危険分子を排除しておくとか、俺様忍の鏡だね、なんて冗談半分に考えていたってのに。

警戒心もなく眠る相手に馬乗りになり、布団をめくった瞬間に思わず固まった。


『(………うそだろ…?)』


旦那や俺様だって結構な男前だし、ましてあの軍神やかすがを見慣れてるってのに。

毛利と伊達を動かした奴がどんな顔か、ただそれだけの好奇心で布団をめくった偶然に感謝した。
もしも見ずに殺していたら後悔したに違いなく、下手すりゃ後追いだって考えちまったかもしれない。

それくらいの衝撃だった。

震えがくるような感情を持て余す。こんな感情、俺は知らない。対処の仕方なんて冗談でも考えたことがない感覚で。
どうしようもない存在感に、思わず息をするのも忘れて見入っちまう。


だが、固まったのは流石にマズかったらしい。不意に相手の目がパチリと開いて視線がかち合う。
とっさに両手は押さえたものの、自分の両手もふさがってしまったことに気付いたのはしばらくしてからだ。


『(…結構…肩、広いんだ…)』


見た目より体格がいいことにおかしな感心をしている自覚はあるが、反らせない視線に動揺しているんだ…ってことにしとかないといけないよね、多分。
でないとこれは…捕まる。逃げられなくなりそうだぜ。


真正面から見える顔、深すぎて落ちて行きそうな両目が自分を映してる。
それだけでもう自分の瞼を下ろそうなんて思えなくて。
駄目だとは思っても視線一つそらせない。


「………な…」


だからその人が口を開くところまで凝視していたのに、声が聞こえるまで全然思考が動かなかった。


聞こえたそれで急に意識がはっきりして、今声を出されたらマズいと思った。

だって誰か呼ばれたらもうこの人とはいられなくなる…あの風の悪魔が立ちはだかるのは火を見るより明らかだ。


『…!!?…』


「………」


必死で、でも両手は使えなくて。
迷う余裕もない刹那の判断。

気付いた時には口付けていた。

ただ声を遮りたかっただけだけど、自分でもかなり驚いたけど、でもそれくらい必死で。しちゃってから、後には退けなくなったんだって気付いた。


『……アンタに危害は加えない。…絶対。約束する』


戸惑う自分とは正反対に、驚きで見開かれることもない綺麗な目。息がかかるほど近くにそんな顔があるのが余計に鼓動を早くする。

傷つけないと言いながら覗き込むように見つめることで、なんとか自分の本気を伝えたかった。それだけは、絶対、誓って本心からの思いだったから。
もしも信じてもらえるなら、武器の全てをこの場で捨ててみせたって構わない。


『…だからお願い……、もう少しだけ誰も呼ばないで……』


ここまで来たら言うしかないし。
無理は百も承知。それでも願わずにはいられなくて、縋るようにそう伝えた。


あとほんの少しでも良いから、自分の為に時間を割いてほしい。
あとほんの少しで良いから、自分のことを信じてほしい。


見つめ合った沈黙の中、緊張で指の先から冷えていくのが自分でもわかる。
目の前の人の反応を待つだけで心臓が竦む。

だってもしも拒絶されたら、やっぱり俺様は手を下さなきゃいけないのか?
考えただけで、掴んだ手が震えるくらいだってのに?
そんなふうに、思考が乱れた時。


「………わかった」


綺麗な綺麗な、心に染みるような声が、確かに肯定の意を告げていた。

限界まで気を張っていた分、そう聞いた時はほっとして、思わずこの人の上に崩れ落ちそうになってしまった。
あんまり緊張しすぎてまともに息もできていなかったことにようやく気付く。

目の前の人との糸はまだ切れてない。そう思うだけで信じてもいない神に感謝しちまいそうだよ。




『また……会いに来てもいい…?』


半泣きでおっかなびっくり聞いた自分に向けて、頷いてもらえたことが嬉しくて、後はどうやって甲斐まで戻ったのかも思い出せない。





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