はたらきバチ23匹目



――元親視点―→




元就の船が出航したと聞いたから、せっかくだと船を向けて見れば。


「あ、兄貴ぃ〜!!なんでおれたち攻撃されてるんですかね〜!??」


『俺が知るかよ!!とにかく今は逃げ回れ!』


どうしましょうと言われたってどうにもならねえじゃねぇか!!


「「アイアイサー!!」」


混乱状態の船内を叱咤しながらしばらく逃げ回っていると、突然その攻撃が止んだ。よくわからねえが今しかないと野郎どもを急がせて船を寄せる。
寄せちまえば相手の状況も少しは見えるってもんだ。


『元就ぃいーー!!』


近づいて見えた船主のあいつは、船縁で後ろを向いていた…てか政宗達もいるんじゃねぇか!片倉までいてなんで止めなかったんだよ!?


『てめぇふざけんな!!俺の船マジで沈める気かよ!!?』


「うるさい。黙れ。貴様のような柄の悪い田舎海賊など瀬戸内には不要ぞ」


寄せて飛び移った船の上、言ったところでまるで悪びれやしない。なんだってこいつはこんなに性格歪んでやがるんだ?
どんな育ち方したのか親の顔が見てみたいもんだぜ。


『甲板は穴だらけだし帆柱は傾くし左舷のどてっ腹は焦げついたし…』


「貴様のぼろ船の事など知ったことか。我は今重大な命に取り組んでいるのだ。暇人は引っ込んでおれ」


『なっ…!?てめぇな!それが散々大砲ぶっ放した相手に言う言葉かよ!?』


こっちは何にもしてねぇってのによ!
ちったぁ謝れよこの野郎!


「ふん。貴様我らの進路を遮ったではないか。愚物が我が君の前にしゃしゃり出るなど万死に値するわ」


愚物……本当にこいつ、なんでここまで口悪ぃんだよ!!ずらずら並べたてやがって…

…って、我がきみぃ?
今誰がしゃべったんだ?聞き間違いか?


『…!!!!?』


そう、ほんの一瞬頭に上った血がひいて冷静になった隙に、背筋にありえない震えが走った。

視線を感じて振り向いたところで思考が止まる。思わず跪きたくなるような、存在感。
本能が、その人に寄り添えと言ってくる。
一度合った目が離せない。惹きつけられてどうしようもない。


「…!見るな!!貴様が舜を見るなど百年早いわ!おこがましいにも程がある!!」


『…いっ!!!』


そんな俺に気づいた元就に、手加減なしに思いっきり蹴飛ばされてやっと正気に戻った。
それでもまだ、振り払えないような甘い視線を端に感じる。

おそらくあれが元就の言う我が君に違いねえ。あんな男以外に、このやたらと気位の高いやつが君主と仰ぐ相手がいるわけがない。


「貴様が見ると舜が穢れる!」


じりじりと、自分の中の何かがあの人に向けて焦がれるのがわかる。
どうしてこんなになるのか自分でもわからない。それでも惹かれてしょうがない。

だから、それを邪魔する元就にひどく苛ついた。


『…なんだそりゃ!?俺は妖怪か!?見るくれぇいいじゃねえか!減るもんじゃなし!!』


「減る!!貴様のような恥知らずの阿呆までがお目通りできるなどと知れたらご威光が減じる!!」


確かに他国の俺を元就が警戒して君主に近づけまいとするのは道理といえば道理だ。

だが、あの人の目の前でだけは馬鹿にされたくない。

俺が軽蔑されるようなことを、一言だってあの人の耳には入れたかねえんだよ…!


『…なんだよ!ちょっとくれぇ紹介してくれたっていいだろ!?』


あの人に嫌われたら立ち直れない、何故だかそんな気がしてならねぇんだ。
だからせめて、俺だって普通の印象を与えたいと思うくらい、許されていいだろ!?


「誰が紹介などするか馬鹿め!貴様はさっさと四国でも何処でも行け!早よう去ね!!」


だけど、元就はまるで聞いてくれる気がないらしい。俺を害だと決めつけてひたすら帰れと言うだけだ。

…確かにあんな相手に仕えることができたら、俺だって全力で他の奴らなんか遠ざけたくなるかもな…。
そう思っちまう分だけ、余計に先にあの人に仕えて、あの人を守れる元就が羨ましい。

それに比べて、あの人に名前の一つも知ってもらえない自分が悔しくて、情けなくて……知らないうちに涙が出ていた。


「なあ」


何もかも包み込むような声に、落ちっぱなしだった意識が途切れる。

気付けば、すぐ側まであの人が来ていて。


「泣くなよ」


俯く視界の中にあの人の影が見えたと思った途端。


『!!!!』


見とれるほど優雅な動きで俺の顔を上げさせた後、ごく自然に頬に触れる。

しばらく理解できなかったが、滑らかな指が肌を撫でて、それが涙を払ってもらえているのだと気づいた時、燃えてるんじゃないかってくらい顔が熱くなった。

ただでさえ冗談みたいに綺麗な顔が目の前にあるってのに、そのどうしようもなく魅力的な相手が自分に触っているなんて、言葉にならないくらい嬉しかった…!


「なっ…!?舜様!!?」


「元就も。そんなに気にするな」


その人の行動に叫ぶ元就を軽くたしなめて、笑う。
もしかしたら、俺を警戒しなくても良いって、少しくらいは信じてもらえたのか…?

その目も眩むような表情に、慌てていた元就まで見とれて動きを止めた。なんとか頷いていたみたいだが、正直目の前光景に釘付けでよくわからない。

だって、いるだけでその場を独占するような雰囲気を持っている人が、柔らかく微笑んだんだ。
見惚れるなって方が無理だろ?


「…おい!」


すっかり惚けていたところに政宗の不機嫌な声が飛ぶ。

それどころかあの人の側まで来て強引にその視線を持っていきやがった。


「オレを無視するんじゃねぇよ舜。yousee?」


「貴様…ッ!舜様を呼び捨てにするでない!!」


舜…あの人、舜ていう名前なのか…。

口の中でそっと呟いてみて、それだけで胸が熱くなるのがわかる。でも恥ずかしくて、俺には政宗みてぇに簡単には呼べそうにねえよ…。

ぎゃあぎゃあ騒ぐ二人をただ静かに見守っている舜をそっと盗み見ていたら、不意にその後ろに風魔の野郎が現れた。

手渡された紙を思案深げに舜が眺める間、風魔はじっとその傍らに控えている。あの伝説の忍まで従えるなんて流石だと思う反面、当然だという感じもする。
だって舜は舜だからよ。

考え終わったらしい舜が風魔に向けて一つ頷くと、あっという間に風魔は消える。
そしてそのすぐ後には、今まで止まっていた船が動き出していた。


「「…!!?」」


それまで言い争っていた元就と政宗の二人も、急な動きに一斉に舜の方を向く。


「帰ろう」


そのたった一言でうるさかった二人が息をのんで慌てだす。
そりゃそうだ。自分たちが散々舜を待たせたんだからな。


だがそんなことより、俺は今の舜の言葉に密かに、だがかなりの衝撃で打ちのめされていた。


『(…帰るってことは、もう、舜に会えないのか…?)』


確かに舜がこのまま海の上に居続けるわけがない。しかし舜が自分の城に帰ってしまったら、きっと俺は二度と会える機会はないだろう。

なにしろ元就のあの嫌がりようだ。取り次いでもらえないに決まってんだ。


『(どうする…?言うか?でも、なんて言やぁいいんだよ…)』


ぐずぐずとして決められない。こんなの普段の俺らしくねぇのに。

…だけど変な事を言って、舜に嫌われるのだけはどうしようもなく怖ぇんだ。嫌われるかもしれないと思うと頭ん中真っ白で、もう何にも出て来ちゃくれねえ。


徐々に自分の船は離れ始めていて、戻るにはそろそろ飛び移らないと戻れなくなる。

いよいよ手が浮かばなくて、もう駄目かと諦めかけた時。

知らず知らずに見つめちまってた舜の顔がこっちを向く。舜が俺を見れば、当然目が合うことになる。


「…来るか?」


この目を見れるのもこれで最後になっちまうのかと思うと、腹を抉られるみてぇに辛い…て、

へ?


『…いま…、え?……いいのか?』


今、来るかって言ったのか?聞き間違いじゃねぇよな?
俺に、一緒に来るかって、言ってくれたのか…?

あんまりにも信じられなくて、思わず聞き返してしまった俺に、優しく舜は頷いてくれた。

やっと頭がそれの意味を理解してからは、しばらく嬉しすぎて声も出なくて参っちまった。


『……!…ありがとな、すげえ…嬉しい…!』


やっと返事をした後、自分でもわかるくらい顔は熱いしちっとばっか涙は出てくるし、おまけに足は震えっぱなしで。

気がつけばずるずると船縁にへたり込んで笑い出してた。


…たぶん今夜ばっかりは興奮しちまって眠れねぇよ。





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