はたらきバチ19匹目
小十郎の前を歩く男。
何者も…爆風さえ寄せ付けないその姿に、
ただただ、目を奪われた。
――政宗視点―→
「貴様!何故付いて来たのだ!?」
『Ha!こんな面白そうな話を見逃せるかよ』
毛利と共に飛び移った敵船、後ろで小十郎がなにか叫んだような気がしたが、聞こえなかった事にした。
前を走る毛利が驚いて…つーよりは、怒りでってのが正しいんだろうな。目を見開いて、ついでに舌打ちしやがった。
「…これだから阿呆は…。仕方あるまい、離れるでないぞ!」
毛利は邪魔な雑魚を適当に倒しつつ、相手は数だけは多いのだと忠告してきた。流れに呑まれて、はぐれでもしたら面倒だと吐き捨てる。
『ずいぶん慎重じゃねーか毛利サンよ?』
「狙いは奴一人のみ。無駄な労力はいらん」
我が君が待っておられるなんて言い切った直後、明らかにやる気が倍増したのは目の錯覚じゃねーんだろうな。
ま、ともかく狭い通路を走り抜けるオレたちを押し止める程敵が集まらなかったのはluckyだったぜ。
ここじゃあ六爪も使いづれぇし。
どうせならちゃんと遊びてぇからなぁ。
「…ここか!」
最奥、一際デカい扉を蹴破る。
その趣味の悪りィ戸の向こうにいたのは、
「アララ?タクティシャン!!どーシテここニいるノー!?」
これまた珍妙すぎる大男。あんまりこのおかしな部屋に溶け込んでるもんだから、思わず吹き出しちまったぜ。
「知れたこと。貴様を倒し、舜様に平安を差し上げる為よ!」
「マタマタ〜。ホントは、舜チャンの居場所を教えテくれにキタんデショ?」
winkとそれに付け加えられた両手の動き。
なんてこった…仕草が一々気色悪りィ。
目が腐りそうだぜ…。
『こりゃあ酷ぇな…。予想以上のオッサンだ』
「フ…だがそれも今日まで。輪刀の錆びにしてくれん」
どうやらキレかけているらしい毛利が、物騒な笑いと共に得物を構える。それに倣うようにオレの方でも愛刀を鞘走らせた。
「オーー!!野蛮ナ人たちネー!」
『言ってろ』
久しぶりの戦闘に入り込もうと踊りかかった、瞬間。
「デモ!!ザビー諦めないモン!ダッテ、秘密兵器があるモンネ!!」
『!!?』
ニヤリと笑った野郎の手にはbazooka。オレの振り下ろしの一撃を両腕のそれを交差させてあっさりと防ぐ。
その顔に嫌な予感がして、詰めた分の距離を反射的に跳び退った。
『な…っ!?』
とっさに退いたその場所で、急に巻き起こる炎と風を眼前に見た。
間一髪、たった今までいた所でいきなり爆発が起きやがった。
「ヌッフッフ!!このチビザビーチャン、可愛イのは見かけダケ!威力はバツグンダヨ!!」
かけらも可愛いくはねぇが、確かに厄介そうだぜ…。
隣で毛利の奴も眉をしかめて睨んでいる。
「更ニ!出でヨ、メカザビー!!」
叫んだザビーの後ろから出てきたのは、奴そっくりのカラクリ共だった。
耳障りな金属音を響かせながら、奴と同じ武器を持って進んでくる。
『…オイオイ、冗談だろ?』
「ワタシに楯突いたコト、フッカーク後悔させてあげマース!!」
「…チッ!面倒なことをしおって!!」
爆弾人形もデカブツも後から後から湧いて来やがる。
既にザビー本体はそいつらの奥に下がっていて、無傷でたどり着くのは不可能そうだ。
『ったく、どうしたもんかねコリャ…』
メカザビーの方はともかく、足元に寄ってくる爆弾人形の方が始末が悪い。
触っても叩いても爆発するとなると同士討ちを狙うしかないが、どういう訳かなかなかカラクリ同士は当たらねーときた。
とりあえず逃げ回りながら、つくづく面倒くせぇ相手だと嫌気がするぜ。
「…舜様!!?」
時間で爆発する人形から、同じようにいくらかの爆風を受けながら走り回っていた毛利が、突然そう叫ぶ。
同時に背筋にはしる震えを感じ、慌てて毛利の駆け寄って行く先を見た。
瞬間、心の臓が有り得ないほど大きく跳ねる。
「元就…」
「どうして舜様がこのような所へ…」
毛利に迎えられたその男を意識した時から、バクバクと、壊れそうなほど胸が鳴る。自分の鼓動ばかりが耳を占める。
この感情は恐怖なのか?それとも…
「政宗様!」
突如、強烈な衝撃を伴って部屋の中に現れた男の後ろから、オレを見つけた小十郎が走り出てくる。
たったそれだけの事で、微かに胸の奥がひりついた。小十郎は、オレよりも先にあの男の側に行ったのか。
男の纏う重圧のせいか、既にカラクリ共は頭から煙をふいて動かない。そうでなければ、足を止めたオレたちはとっくに攻撃を食らっているはずで。
「ご無事でしたか…!」
『あぁ…それより…』
小十郎が間近まで駆け寄ってきたってのに、オレはまだあの男から目を離せずにいた。
それに気づいた小十郎も男の方に顔を向ける。
「あの男は…」
「舜チャン!!!ヤット見つけたネー!!ザビーの所ニお帰りナサーイ!!!」
急に大音声で絶叫するザビー。その台詞でやっと、あの男が黒脛巾たちの言っていた男なのだと理解する。
『…あれが、香月…舜』
「舜チャン舜チャン舜チャンネェ舜チャンってば!!ザビーもかまったホシーヨー!!!」
未だ毛利と何か話していた香月に向かい、bazookaを放り投げたザビーがそう喚いて走り出した…刹那、
「『「!!?」』」
「ノォーーー!!!??」
眼前を何か真っ白い衝撃のようなものが、有り得ない速さで通過していった。
それに押し流されて、手放したbazookaもろとも部屋の端まで吹き飛んでいったザビー。
その出どころを目で辿った先には、
「…舜…様?」
眉一つ動かさずにいる香月と、呆然とその側に立つ毛利。
ただ香月の左手が、ザビーに向いてわずかに掲げられているだけだ。
「まさか…あの男…、婆裟羅者なのか…!!」
隣に立つ小十郎の驚愕した声さえも、オレの耳には入ってこない。
ただひたすら、あの男の堂々とした立ち姿を食い入るように見つめていたんだ。
「貸せ」
そう言うと、男は毛利の輪刀を受け取り、ゆっくりと倒れたザビーの方に向かって歩を進めて行く。
悠然と歩くその姿は、まるで神話の中からそのまま現れ出でたような、えも言われぬ風韻を漂わせていて。
「オー、舜チャン!久々に見テモ、ヤッパリ素敵ネ!!」
間近まで行った瞬間、そう叫んだザビーが男の足にしがみつき…、蹴り飛ばされていた。
「ちょっと!ヒドいヨ舜チャン!?」
その発言を無視し、なんの力みもなく男は輪刀を振りかぶる。慌ててザビーも己の得物を拾って、迫り来る一撃を防ごうとした。
しかし、
「「『!??』」」
「ノォーーー!!!?」
掲げられたbazookaをすり抜けて、男の振り下ろした輪刀はまっすぐに、まるでそこにはなんの障害もないとでも言うかのようにhitしたのだ。
「消えろ。二度と俺の前に出るな」
決定的な攻撃と共に明確な宣告を与えた後は、全く振り返ることなく男は踵を返す。
そして戻った位置で毛利の手を掴み、
「『!!!!!』」
あっという間に抱き寄せた。
その光景を見た瞬間、視界が真っ赤に染まる。
香月の腕に抱えられた毛利に殺意が湧いた。
オレはまだ、その視界にすら映されていないと言うのに、何故奴はあの男の腕さえ得ている?
何故あんなにも側にいることが許されているんだ?
あの神の造形物である事を疑うべくもないような存在を、何故独占できている?
ましてこのオレではなく、毛利が。
ここまで強烈で純粋な殺意は、生まれて初めて知ったと間違いなく言い切れる。
『…おい』
イライラと、何かに急かされるように声を出す。
距離を詰め、多少強引にでも男の視界に入りたかった。
『アンタが毛利のmasterか?』
「政宗様…!!」
小十郎が制止をかけるが、今のオレはどうにも止まりゃしねえ。異国語が通じなくたってかまうかよ。
とにかくオレは、この男をオレの方に振り向かせたいんだ…!
「そうだ」
端的にでも返された声と、やっと向けられた視線に体の奥が震えるのがわかる。
こいつはきっと畏れだけのせいじゃねぇと確信する。
『オレが奥州筆頭伊達政宗だ。しばらくの間、厄介になるぜ』
まさか自分が、たった一人の男の視線を得た事だけで、こんなにも舞い上がるなどとは。
毛利の野郎があれだけ自慢していた意味がやっとわかった。
こんな男に仕えられたら、そりゃあ誰だってああなるだろうぜ。
だが、もう独占はさせねぇ。
絶対にこのオレがコイツのNo.1になってみせるからな…。
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