はたらきバチ18匹目



――小十郎視点―→




毛利の船に乗り込んで数日。
流石に天下一の水軍と言われるだけあって航海にはなんの問題もない。


…航海には、な。


「毛利!テメェ今なんつった…?」


「目だけでなく耳まで悪いとは…不憫な奴よ。おまけに頭も悪いのでは救いがないな」


「Shut up!何度も言わせるんじゃねーよ。オレの食事には人参を入れるな!OK?」


「貴様こそ何度言わせるのだ。食えんのなら勝手に残せばよかろう。一々我に言いにくるでないわ」


…目の前で繰り広げられるようなどうでもいい衝突が、少なくとも日に三度は起きる。いくら航海が順調でもこれでは、と思うのだが、残念ながら八割方は政宗様が仕掛けておられるから始末が悪い。


「だから小十郎がいると残せないんだって何度も言ってんだろうが!」


「知ったことか」


俺としては是非とも出して欲しいものだ。政宗様には好き嫌いなどなくしていただかなくてはならないからな。

密かに毛利を応援していたところ、不意にその毛利がこちらに視線をよこした。


「…片倉、貴様よくこんな阿呆に仕えていられるな」


うんざりといった表情で政宗様を睨む仕草は全く君主そのものだ。
そんなこいつが仕えるというのだから、確かに例の男に興味がないと言えば嘘になる。


『政宗様以外は仕える価値もねぇ。ま、好き嫌いもいずれ克服していただくしな』


「げぇ…」


声のした方に顔を向ければ、サッと目を逸らされた。


「…貴様の不幸は尽くすべき主を間違えたことよ」


嘆息混じりに呟く。政宗様へ向ける毛利の視線は、本気で冷ややかなものになりつつあった。


『俺ァ何一つ間違えてなんかいねぇさ。政宗様こそ最高の主君だ』


「愚かな…我が君にお仕えすることが万民の最上の喜びであるというのに。無知とは恐ろしいものよ」


見下したままそう言い切った毛利に反論をしようとしたその時、


「「『!!?』」」


突然、盛大な水音と共に大きく船が揺れる。すぐさま駆け出した毛利を追うように政宗様までが船室を飛び出して行く。
仕方なくその後ろを追って見たものは、見たこともないような真っ黒い船だった。


《オー!ヤット見つけたヨタクティシャン!!》


声が届くはずもない距離だというのに、ありえないことに相手の声ははっきりと聞こえた。


「チッ…とうとう気付きおったか」


どうやら、その意味もなく不快を煽る声の主を毛利は知っているらしい。


《アナタが舜チャンを隠したノハお見通しダヨ!サッサと出しなサーイ!!》


「舜様が貴様を厭うておられるのがまだわからんのか…!」


そう洩らした毛利は、怒りのせいか小刻みに肩を震わせていた。
遠くに浮かぶ船を睨みつける目は、気の弱い者なら射殺せそうなほど鋭い。


「…なんだありゃ?あれがザビーって野郎か?」


「そうだ…忌々しい事にな。しかし奴に見つかった以上は捨て置けん。…総員攻撃配置につけ!風上に回り次第打ち方始め!!」


号令とともに慌ただしく毛利の家来が走り出す。ゆっくりと向きを変え始めた船上、その動きの素早さに素直に感心していた。

しかしその優秀な兵士達が砲弾や弓矢を雨のように降らせたにもかかわらず、ザビーの船には全くと言っていい程被害は与えられない。

舌打ちする毛利の気を逆撫でするかのように、例の声が追い討ちをかける。


《グッフッフ…無駄な抵抗はヤメテ、サッサと投降しちゃいなサーイ!今ならマダ許してアゲマースヨ?》


声だけしか聞いていないというのに、ここまで人を苛つかせられるというのも、ある意味才能なのかもしれんな。


「…船を寄せろ!」


「Ah?まさか投降する気かよ?」


確かにこの命令は、政宗様でなくとも疑問に思うだろう。自然と俺も背を向けたままの毛利を注視する。


「投降…?フン。あのような物体は二度と舜様の視界に入れるわけにはいかんからな…。…今すぐ我がこの手で始末してくれようぞ」


振り向いた毛利の口は綺麗な弧を描いていたが、目が全く笑っていない。

…智将のくせに変なところで短気な面がある男だな。


「貴様らは一応ではあるが舜様の客。我が移り次第すぐに船を反転させる故、直ちに港で下りるがよい」


言ってさっさとまた背を向ける。その横柄さは今更どうでもいいが…


「…Hum?…okay.」


政宗様のその答え方……嫌な予感がする。


しかし俺の内心の疑いなど考慮されるはずもなく、二隻の船はするするとその距離を縮め始める。


《オヤ?カンネンしたカナ?ソウなノカナ?》


「…………」


浮かれたようなザビーの声に、毛利は何の返事も返さない。
ただ完璧すぎて気味が悪いような笑みを顔に貼り付けて、じっとザビーを見据えているだけだ。
そんな毛利を見て平然としていられるとは、南蛮人の考えは全く理解できん…。


そのことに本気で首を捻った瞬間、相手の船に跳び移った毛利を追って政宗様まで跳躍するのが目に入ってきた。


『政宗様!!?』


しかし動きを止めていなかったこちらの船は敵船との距離を開けつつあり、もはや跳び移れないような幅になっていた。


『…クソッ!油断した!!』


俺としたことが!!怪しいと気づいていながらみすみす逃してしまうとは…!

不覚を悔いると同時に船長を脅して船を再び近づけさせる。
なんとか俺が跳び移った時には、既に甲板に政宗様たちの姿は見あたらなかった。





* * * * *






『…チッ!いったい何人積んでやがんだ!?』


船内を探そうと入ったはいいが、道の先で政宗様たちが起こしている騒動のせいか、さっきから尽きることなくいかれた坊主共が押し寄せてきている。

道は狭いし湧いて出るような数にてこずり、思うように主君の元にたどり着けない。
いい加減、焦りも頂点になろうかと自覚し始めた、その時。


「伊達政宗か?」


背後から、唐突にそう声がした。
この荒れた乱戦の場に、およそ似つかわしくないゆるりと寛いだそれに、目の前の敵さえ忘れて反射的に振り返る。


『…ッ!』


問いかけてきた相手を見た瞬間、まばたきすら出来なくなった。

圧倒される。

気を抜けば、屈してしまいそうな程に。


「…舜様!!」


「舜様が我らのところへお戻りくださいました!」


「みなさん!!舜様はやはり我らをお見捨てにはならなかったのです!」


突如として騒ぎだした坊主共に、はっと我に返る。
どうやら、こいつらさえこの男に驚いていたおかげで俺は死なずに済んだらしい。

だが、この狭さでこう騒がしいと耳が壊れちまいそうだぜ…。


「……」


しかしそう思ったのもほんの僅かの間だけ。実際は男が一睨みしただけで嘘のように静まり返った。

それは背後の坊主共に向けられたもので、自分に向けられたものではないとわかる。

だが…それでも、詰めた息をなかなか吐き出すことができなかった。全てを黙らすような覇気の余波に、体の芯が凍えたように冷える。

この俺が竦むなど…自分ですら信じられなかった。


「違うのか」


貫くような視線に耐えることだけを意識していたせいで、知らず反応が鈍る。
声は、先程の問いを指しているのだと気付き、強張る舌をなんとか動かして答えを返そうとした。


『…俺は…政宗様の家臣…、片倉小十郎だ…』


必死に答えたものの、押し潰されるような沈黙がその場に満ちた。首に刃物を当てられたような緊張と恐怖の中、ひたと見てくる男の視線が退くのをひたすら待つ。


「……」


『…!?』


急に一歩、男が足を前に出す。
その威風に圧されるまま後退った。

だが、あれほど距離を詰めていた坊主共に体がぶつかる気配さえ感じない。
気づいてみれば、竹を割ったかのように、遠く端まで男が通る道が出来ていた。

湧いているのではないかと思った人数の全てが、そのままの数ひれ伏し、壁に張り付き、少しでも男の邪魔になるまいとしているのがわかる。

異常すぎるような光景だったが、背後の男のためだと思うと、なんの違和感さえ感じなくなるから不思議だ。


呆然と立ちすくむ俺の横を、男は平然と通り過ぎていく。この光景を見ても、それが当然であると言わんばかりに。


「来な」


ほんの刹那、足を止め、振り返った男はただ一言そう言った。

ちらりと寄越された視線に思わず拳を握り締める。
既に前に歩き始めている男の背から目を逸らすことができない。


『…は、』


わずかに頭を下げ、無意識に男の命令に従っていた事など、その時の俺に気付く余裕はなかった。





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