はたらきバチ11匹目



――小太郎視点―→




小田原城が陥ちた。
上杉と武田の交戦中、ほんの半日の話である。

北条の同盟国である上杉の様子を確かめに行った、その僅かな隙に。自身がその場に戻った時には、既に雇い主である老人の体に首はなく。
最早自分に何を命じることもできなかろうとそのまま踵を返すことにした。

たかが同盟国の偵察程度に俺を名指しで向かわせたのが運のツキ。万一があれば助けてやれということだろうが、自国が滅びては意味もない。

依頼国が攻め亡ぼされたとはいえ、自身は参戦してはいないのだから里の名に傷がつく事もないだろう。

そう考えた帰路の途中、お人好しの雇い主のことを頭の中から消し去った。




「ご苦労だった」


随分と久しぶりに戻った里は、発った時と何も変わらず、谷に風ばかりが吹き溜まっていた。


「北条が潰えて間もない。まだしばらくは次の依頼も来るまいて」


木の瘤のような里長もかつてと変わらない姿のまま。振り分けられている区域に戻ろうとする自身に、抑揚のない指令が下る。

背にかけられた声が消えると同時、再び里を背にしていた。





* * * * *






天井裏、向けられた目線に息が詰まる。

休養がてらの軽い任務であるとほざいたのは誰だ。

心中のみで毒づき、変化した状況に意識が切り替わる。


先程与えられたのは新興勢力の偵察。
確かに楽な任務だと思った。
ザビー教から派生した宗教集団の一つであるとも聞いていたから、忍の類もいないだろうと踏んでいた。

ただ一つ、以前の領主、毛利が戻っていたのは誤算だったが、中国以南に厄介な忍はいない。この時点ではやはり大きな障害はなかろうとの見方を強めた。

事実、城への侵入までは造作もない事だったのだ。
そして最上階に、毛利ではない見知らぬ男を見つけただけ。


だが


「おい」


その正確に己を捉える目が苦しい。
纏う気配など、消してしまえば他の忍にすら気付かれはしないのに。


何故この男は俺を見る?

何故こうも簡単に位置を捉える?


気がつけば、甲冑が鳴るほど震えていた。
この内臓を掴まれたような感覚はなんだ?

これが恐怖というものなのか。


「降りろ」


合わせられた視線が外される前。
場を貫くような声を聞く。

考える以前に体が動いていた。
はじめて知った恐怖に竦むより先に、勝手に上位者に従わんとしているようだ。

真っ向から受け止める視線の重圧は重く、遮る物のない覇気は知らず後退りかける程。

男は脇息にもたれ、示威するでもない。
ただ半眼で眺めているだけの状態でこの威圧ならば、仮に戦場でまみえたとしたらその凄まじさはいかほどであるというのか。

想像するだけでも恐ろしい。
その時自分は、本当に刃を向けられるのだろうかと自問する。


「何をしに来た」


悠然と発される音は、この身の内に楔のように入り込む。一音一音が自らの思考を砕くかのごとくに感じられた。

だが確かにその声に引き込まれるのは自覚しているが、それに流されるような真似は出来ない。のこのこと姿は現してしまったが、己の意地にかけて黙秘を通す。

ただそれ一つに依ってのみ、寄せ来る男の重圧に耐えた。


『……!…』


だが、不意に男が目線をずらす。
自身が相手の視界から外れた。

存在の放置、自身などまるでこの世にいないかのような扱い。

瞬間、言いようのない恐怖が背筋をかけ、その知ったばかりの感情が意識を占める。


些細な意地など、吹き飛ぶように消え去った。


自分はこの方の持つ威風に耐えることは出来ても、この方に認識さえしてもらえないことには堪えられないのだと思い知らされる。

この方に認めてもらえないのならば、自らの命など有るだけ無駄だと直感した。


何とか気を向けてもらわなければと、焦りながら話せないことを必死に伝える。


ようやく目線を戻してもらえた時、やっと視界に光が蘇った気さえした。

目線が完全にこの身に落ち着く前に、彼は座ったままちらりと脇にある刀架を見やる。その厳しい眼差しが、大小揃いの拵えを示していた。


「選べ」


『…!!…』


何を、と問うまでもない。

生か死か。


この時に臨み、なんの躊躇う事があろう。


自身はすでに天命を知り、死を望めなくなった。そして、己にとっての生とはこの方にお仕えする以外にはない。
すぐさまその場に身を投げ打ち、額が付くほどに叩頭した。


これまで身に付けた全ての技も、ただ眼前の我が君に仕えんがためだけに磨き上げていたのだと知る。



身の内に差す光明をしかと感じながら

この日この時より


自分が死ぬのは、唯一我が君の命ぜられた時のみと決めた。





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