はたらきバチ7匹目
――元就視点―→
「愛ニー不可能はありまセーン!ダッテ、この世のスベテは舜チャンとザビーのモノだもの〜?」
不快な声で目が覚める。
抱えられていたらしく、意識を取り戻したことを知ると抱えていた男は、自分を地に下ろした。
「アレレー??舜チャンご機嫌ナナメですカー?」
未だに体には鈍痛が残るが、それでも朦朧としたまま声のする方を向く。ザビーの話す相手が総大将らしいのだが、不必要にでかい図体が邪魔で今ひとつ良く見えない。
「どうシマシタ?ザビーたちとってもスピーディーに勝ったヨ?タクティシャンもこころよ〜く入信してくれマシタヨ?」
そう、言って、奴めがわずかに体をずらした瞬間、強烈な覇気に反射的に身が強張った。先程戦場で感じた視線と同じ質のものであると気付く。
『(何故こやつは平然とこれを受ける…!?)』
怪しいばかりのこの異国人は、自身と同じ畏怖を感じてはいないのか。余程鈍いか、或いは…信じ難い事だが、この男も類する者なのか…?
『…!!』
寄せられる重圧に耐えきれず、思わず顔を上げた事を後悔する。
ひたと向けられていた奥の男の目を、正面から見てしまったのだ。
すぐに背けたが、その一瞬の光景が脳裏に焼き付いて離れない。手足が震え、呼吸が乱れる。息を止めて堪えなければ、膝から崩れ落ちてしまいそうだった。
「オーー!!ダメダヨ、タクティシャン!舜チャンに失礼デショ!?」
しかし、ザビーに咎められ、自分のとった態度の無礼さにはっとする。合った目を避けるように逸らすなど、誉められた態度ではなかった。
必死だったとはいえ、決してそんな事はするべきではなかったというのに。
『……すまない、わざとではないのだ』
自然と頭が下がり、口からは謝罪の言葉がこぼれた。本心から後悔し、どうにかその思いを伝えたいと感じた時、漸く気付く。
『(…そうか…私はこの方と戦うのではなく、すぐにでもお仕えするべきだったのだ…!)』
己は気付かないうちに、本能的に目の前の存在に敬おうとしていた。
決して、進んで膝を折るような性格ではないというのにだ。
だか、仕方がない事であると納得する。
見なくとも感じられる程の威風、何人たりとも寄せ付けないような、並ぶ者のない王気。覇者の覇者たる所以など、その存在だけで十分なのだとたった今、思い知らされた。
何よりもこの方に仕えたいと、全身で感じるのだ。
全てを知った今、自分はなんと愚かな事をしてしまったのかと思う。頭を下げ、辞を低くくして自ら家臣の端に加えてもらわなければならなかったというのに、あろうことかその方に刀を向けるとは。
今更ながら己の驕りに吐き気さえ感じる。
そんな後悔の念に苛まれていた自分に向かい、それまで一言も発さなかった舜様が口を開いた。
「良い」
そう、たった一言。
しかし、その声にはひれ伏さずにはおれない威厳があり、想像と違わぬ圧されるような風格を聞く者に知らしめる。
だが、同時に、その言葉はどこまでも寛大で、普遍に降り注ぐ陽光のように慈悲深かった。
『…舜様…』
思わず顔を上げる。その強い眼差しさえ、仕えたいと気付いた今は向けてもらえるだけで何かが満たされていく。
じっと自身に注がれる視線は労るようで、まるで咎めるところがない。
もしや、逆らい、刃を向けるような不出来なこの身を…私の犯した不敬を、許してくださると言うのか…?
「どこに行く?」
『…は…?』
「先の事だ」
未だ舜様のお考えを量りかねていたせいで、次の言葉の意味を理解し損ねてしまった。
だが己の間抜けな返答にも不快を表すこともなく、明確な説明が加えられる。
しかしやっとその問いを理解した時、思わず愕然とする。
仕えたいという思いが強すぎて、自身が捕虜の身である事をすっかり失念してしまっていた。
死を賜るならまだしも、必要ないと放逐されるとしたら…考えただけでも血の気が引いていくのがわかる。
そうなれば、己は絶対に耐えられない。
しかし未だその可能性は十分にあり得るのだ。
「……!…それは、我には知り得ませぬ…」
無理矢理に絞り出した声はかすれて、驚く程頼りない。それでも宣告に怯える自分には、その言葉を紡ぐのが精一杯で。
柄にもなく涙さえ浮かびかけた瞬間、
「なら…側にいろよ」
頭がその意味を理解した後、何よりも先ず、自分の耳を疑った。
放逐されるのだとばかり思っていた。自分の本当の気持ちにさえ気付くことのできないような至らない者なのだから。
『!…良いの、ですか…!?』
恐る恐る尋ねた言葉を、舜様ははっきりと肯定される。
頷かれたのを見た時、芯から感動に震えていた。筆舌に尽くしがたい喜びに包まれ、ただただ、阿呆のように茫然と舜様を見続ける。
「居るだけだ」
「…貴方様……舜様が…お許しくださるなら、是非に…!」
確認の為か再度仰られたが、傍にいられるならば他のの全ては些細な事。
望外の幸運に、じっと喜びを噛み締める。
今、この時から、我はこの方にお仕えする事ができるのだと、その光栄をひたすら天に感謝した。
見つめ合った先の舜様は、全てを見透かすかのように、ほんの微か、ご満足気に笑われる。
それを見て、ようやく何もかもがこの方の手の内だったのだと知った。
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