越後侵攻1





粗方の戦後処理が終わり、改めて領内の民を安堵させた頃。

大分落ち着きを取り戻した城内を早足に元就が進んで行く。向かう先はいつも通りに大輔の部屋だが、元就が急ぐ姿は珍しい。
言伝に急げと言われただけでさして遠くもない距離が長く感じられるから不思議なものだ。

『入るぞ』

すらりと障子を開き、思わず元就は目を見開いた。

「来たか」

『なんだその格好は…』

部屋には初めて対峙した時と同じ戦装束の大輔が座っていた。手前に見知らぬ男も座しているがこちらには鎧のようなものは見当たらない。

「とりあえず、座れ」

説明をするのだろうと元就も大人しく男の隣あたりに腰を下ろした。

「漸く領内も治まり、次の四国攻めに向けた準備にかかろうとしていた訳だが、それは暫くの間見送りだ」

九州からこの中国にかけて正に電光石火の如き勢いで動き続けてきた高向軍も、ここに来てやっとその行軍を止めていた。しかしその初めてのまともな休養さえ、あくまで次に繋ぐ為の時間でしかないということはこの軍では一兵卒すら知っている。

まして軍師の元就はそのつもりでいたのだが。

「先程我が主君たるかの御方が俺をお呼びになった。俺はあちらに向かわねばならん」

この話が終わり次第発つと言う。
今日の朝まで何も変わらなかったというのに突然なんと慌ただしい。

「俺の留守は別に知られてもいいが、元就が困るなら適当に誤魔化してくれ。それから、すぐに戻っては来ないだろうからその間兵の調練も頼む」

水軍も整えておくように命じられる。それから大輔は四国の長宗我部は勿論、島津の同盟国であった豊臣にも備えておけと続けた。

「もしも仕掛けて来たら適当にあしらっておけ。例の千兵も残していくから必要ならば使うといい」

『御意に…だが、それでは大輔はどの兵を連れて行く気なのだ』

元々の手勢以上に動かし易い隊などないはずである。城下に急遽召集をかけた様子もないし、まして島津の兵は遠すぎる。

「兵は率いない。俺だけが単身で向かう」

『何だと…!?』

「あの方に余分な兵など必要無い。俺が呼ばれたのだから俺だけが行けば良いのだ」

唖然とする元就とは対照的に、平然と大輔は言葉を続ける。

「不在の間はその赤松に相談しろ。そいつは俺との連絡役でもある」

『…馬鹿な!総大将が供も付けずに出歩くなど考えられんわ!』

「心配はない。どうせまだ誰も俺を知らん」

『だが!』

「くどい。お前に説明している時間はない」

尚も食い下がろうとする元就を一蹴し立ち上がると大輔は障子を開け放つ。
そこで腕を一振り、眼前の庭には巨大な鳥が出現した。

「後の事は赤松に聞け」

言うが早いかその鳥に跨り、あっと言う間に空に舞い上がって消えてしまう。

既に欠片も見えなくなった空を見上げながら、残された元就はぽかんと呆気にとられたまま。
どれがというのでは無く、どれもこれもが常軌を逸していると言うしかない。流石の元就さえ何から問い質すべきなのかわからないくらいだ。

「毛利殿」

立ち尽くす元就を現実に引き戻したのは先程と変わらずに座る男。赤松佳美と名乗り直し、ほんの少しだけ眉を下げて笑った。

「あの鳥は地上の遥か上空を飛行しますから、大勢で向かうよりも真実安全なんですよ」

赤松はさらに馬より余程速いからとも付け足した。

「大輔様が他者と異なっている事は毛利殿も既にご存知の筈。一々気にかけていては貴方様の身が保ちませんよ?」

それよりも任された事をしなくてはと苦笑する。大輔に比べると赤松は大分常識的らしい。言っている事も成る程もっともだ。

ならば今はその意見に従った方が良かろうと、元就はそれまでの思考を中止する。

そしてもう一度空を仰いでから、今度こそきっちりと障子を閉め直した。





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