中国征行3





城に着き、奪われたことをまざまざと見せつけられた後。
数刻前まで己のものであったはずの場所、その一室に置き去りにされたまま元就はぼんやりと周囲を観察していた。
これほど改めて城を眺めたことなど、未だかつてなかっただろう。


こうして何も考えずに過ごす時間も久しぶりだと思い出した頃、ようやく男が戻ってきた。

「元就」

『……』

そういえば、まだ元就は男の名前一つ聞いていない。

にもかかわらず、入ってすぐ当たり前のように男は元就の近くに座る。

「動くなよ」

伸びてくる右手を避けようとして、思い止まる。合うだけで自然と従ってしまうから不可解としか言いようのない目である。

指先が元就の額に触れ、ぱしんという音がやけに響いた。

『…何をした』

「俺の近くに置く為の準備だよ」

離れることが出来ないように意識の一部を縛る術なのだが、それは元就には知らされない。

『我を置いてどうする』

「俺の手伝いをしてもらう」

策を立ててくれと言う。

「今までは仕方がないから俺がしていたが、特別好きな訳ではないからな」

たった今元就を負かしておいてよく言うものだ。
不快さは一目瞭然だろうに、男はきれいにそれを無視した。

「それから、俺のことは大輔と呼べ。まあなんだって構やしないが」

高向大輔と名乗った後で付け加える。
その名字には聞き覚えがあった。

『高向は瀬戸内の姓ではないか。何故九州で国を構えたのだ』

「攻め上がれと言われたから最南端から始めてみた」

『‘言われた’?』

「…その辺りは追々話してやるよ」

誰に命ぜられたのかを明かす気はないらしいが、ともかく大輔は誰かの家来らしい。

「元就には覚えてもらう事が山ほどある。策を練るのに必要だろうからな」

そうしてつらつらと軍の詳しい情報を話す。話の内容は主に編成とどの軍から吸収したかということで、高向の軍はほぼ元他国兵で成っていた。
本来の大輔自身の兵はたった千人。寄せ集めの軍隊でよくもここまで強いものだと思う。
なにがそれだけの違いを生むというのだろうか。

「その千人は兵ではない。皆軍を動かす指揮官だ」

そして大輔自身の手足のようなものだとも。

「指示には絶対に従うし、実のところ戦で失う事もない」

『…大した自信だが、そんな保証が出来る筈がなかろう』

死なない兵隊などいない。そんなものがいるなら元就の方が駒として使いたかったくらいだ。

「まぁ、今はそれ位扱い易い隊だと思ってくれれば良い」

だが、と一旦言葉を区切り、大輔は言い直す。

「本当はあまり使いたい兵ではない。流石に有利すぎるからな」

『……』

「九州攻めはかなりの難題だったからやむを得ず使ってしまったが、人手が足りたら外そうと思っている」

嘘を吐いている様子はないし、出し惜しんでいる風でもない。どうやら本心から使いたくないようだ。
策を任される元就としては、それほどの隊ならば散らすなり纏めるなりして軍の主力にしたいところなのだが。

「人の相手は人でなければ公平でないからな。元就もそのことを念頭に策を立ててくれると助かる」

『…理解できん。上策を捨て何故わざわざ次善の策を使いたがるのか』

見上げる元就に、大輔はいずれわかると笑うだけだ。

大体、大輔の言い方はおかしい。
言葉をそのまま鵜呑みにすれば、その兵は人ではないことになるではないか。大輔本人にしても領主や何かというよりは、もっと他の…


そこまで考えた瞬間、元就の頭の中で一つの仮説が台頭する。表に現れたその衝撃はわずかだったが、間近に座る大輔に伝わらない訳もない。


「どうした」


笑っている。
どうせ答えなど見透かしているだろうに。
だがこの仮説は自分でも認めたくない部類のもの。口に出すのは躊躇われるのだ。

『………』

敢えて聞くのは試しているのか。
それとも面白がっているだけなのか。

『…貴様は……』

目が合うだけで体が震える。
比喩ではなく穴があいてしまいそうだ。
これが元就の仮説を裏付ける要因でもあるのだが。

『…人ではないのか…?』

普通ならば冗談にもならない阿呆な台詞ではあるが、この男を前にすれば笑い飛ばせる者などまずいないだろう。
それ程この考えはしっくりとはまる。

人でないから妙な技を使い、人でないから人外の兵士を使うのではないのか。


「頭の良い奴は好きだよ」

『では…』

「だが違う。今はあの御方さえ人の子だ。俺とて同じことさ」


“今は”


大輔が言うのはそればかりだ。
だがこの答えならば、かつてであれいずれであれ認めれば同じことではないか。

元就自身ここまで素直に信じられることが不思議だが、納得出来てしまうのだから仕方がない。

男の目を見ると疑えない、と言った方が正しいか。
この双眸は人の持ち得るものではない。


だがその強すぎる視線も逆らえない不思議さも、あわせて悪くはないものだと思ってしまっているのだから、最早逃れる術もないと諦めるしかないようだ。

『日輪以外に仕えるとは思わなかったわ』

まして神でもないものなどに。


そう、元就は口にした言葉に、大輔はただ意味深に笑うだけだった。





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