訪問四ヶ月後7





『小太郎?』


幸村の部屋を出ると、開けた扉の真ん前に立っていた。


『どうした』


「………」


元に戻してから思ったのだが、小太郎は意外と体格が良い。細いしあまりゴツくはないが、上背があって筋肉もしっかりしている。流石に鍛えられた体だと思ったよ。
氣の巡りも良いしな。


「……?(コテン)」


にもかかわらず、こうした仕草の一つ一つは子供の時と変わらないから面白い。
今も首を傾げているのだが、大人姿でもこれまでと同じように可愛いらしく見えるから不思議なものだ。


『これか?これはな…』


小太郎の視線は俺の手元に落ちている。
それに気付いて空いていた方の手で、持っていた幸村の槍を一本見やすいように前に出してみせた。


『小さいだろう?』


頷く。


『だから、ちゃんと戻しておかないとな』


そう、小さいのだ。
本人達は全員元の姿に戻したが、着ていた服や持って来た武器は未だに縮んだまま。

皆が帰るまでには直しておかなければならないだろう。


「…………」


『…どうした?』


そう答え終わっても、小太郎は視線を下げた形で固まっている。
説明が足りなかったのだろうかとも思ったが、察しの良い小太郎に限ってそんなことはない筈だが。


「………(ギュ)」


俺の手ごと、上から被せるように槍を掴む。
押さえるようなそれが何を意味しているのか、俺にはわからない。


『どうした?』


いつものことではあるが、鈍い自分に呆れてしまう。

俺は小太郎に聞いてばかりだな。


『俺が術を使うのが心配か?もう倒れはしないぞ?』


そう言えば、ほんの少し間をあけて、小さく頷く。
この答えでは違うのか。


『もう急いでる訳でもねえし…』


ずれているのか、いないのか。

それすら見当がつかないと、思った時。
一歩、小太郎が俺に近付く。もともと離れてはいない距離だ。簡単に、身体が触れていた。


『…小太郎…?』


槍を押さえていた手が外され、袖の一部を握り締める。肩に、ぐっと額を押し付けられて、ようやく俺の理解も追いつけた。


『(……帰りたくない、のか?)』


俺が、着々と元の世界に戻す準備をしているのが嫌なのか。
離れたくないと思ってくれているのだろうか。

小太郎の袖を持つ手が強くなる。
皺がつきそうな位しっかりと掴まれたまま、そちらの腕はまるで動かせそうにない。


「…………」


『小太郎…』


反対の手も、荷物を置く余裕はない。

これでは、いつものように赤毛を梳いてやる事も出来ないな…。


『……そう、心配するなよ』


それでも、此処にいて良いとは言ってやれないのが辛い。


『道具類は小分けに出来る分、疲れも分散できるんだ』


唯一動かせる口でさえ、慰めてやれないのが悔しい。
俺達は世界の均衡ばかり気にして、個人の気持ちにまでは手が回らないのが常だ。
今回も恐らく、皆の意見を聞いてやれる隙は無いだろう。

本当に、情けねえ話だがな…。


『だから小太郎も、そんなに心配してくれるなよ』


だから悪いが、今は俺には、気付かねえふりしか出来ないんだよ。


『ちょっと頼りないかもしれねえけどな…』


いつも通りに笑って見せる。
卑怯だとはわかっているが、他に仕方がないのだ。


そうしたら、じっとしていた小太郎が微かだがはっきりと首を横に振ったのがわかる。

的外れな事を言っているのは、俺もわかっているが、謝る事も出来ない。
謝れば、期待を持たせてしまうような気がするのだ。


「……………」


ややあって、小太郎は俺から離れた。
しばらくは袖を握り締めたままだったが、それもそっと外されて。

間中ずっと合わされない目線が、責められているように感じるのは、俺に後ろ暗いところがあるからなのか。


『(……ごめんな…)』


こういう時、自分はなんと無力なのかと思わずにはいられない。

察してくれた優しい相手にすら、慰めさえ返すことが出来ないのかと。



表面には出ないよう、胸の内だけで頭を下げる。


せめて、いつか帰るその時には、辛さを限り無く消してみせるからと、飲み込んだ言葉でだけ詫びた。





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