訪問四ヶ月後3
「はれんちでござるっっ!!!!!」
…言わずもがな、これは幸村の絶叫だ。
部屋どころか屋敷中に響き渡るような音量が間近で発された。
耳を押さえそこなったのはかなり手痛い失敗だった。
否。
押さえることは押さえたのだが、生憎それが自分の耳ではなかったというだけで。
「…大丈夫かい?」
俺の両手が塞いだのは、両脚の間に座る半兵衛の耳。手を外すと、その顔がゆっくりと…というか恐る恐る振り返る。
『……一応』
傷は深いがとりあえず半兵衛の声は聞き取れた。
耳を押さえたことの礼を聞きながら、数秒前の会話を反芻する。
『…失敗だった、みたいだな…』
「当たり前じゃないか…どうしてよりによって幸村にあんなことを言うんだい…」
自分でもそうは思うが、その代償にしてもこのダメージは大きすぎるだろう。
『…他に思いつかなかったんだよ』
後悔が小さな嘆息となって漏れていく。
そもそもはわずか十分前、半兵衛を元の姿に戻したところから話は始まる。
術の為に二人きりだったから、このままいつも通りに半兵衛の胸の治療もしてしまおうかという話になった。普段は他の皆に治療をしている事が知られないように、わざわざ時と場所を探して行っているので、今なら丁度良いだろうというわけだ。
そのため、いつも通りの体勢をとるべく俺がベッドに腰掛け、その脚の間に半兵衛が座った。
念の為に言っておくが、これはあくまでも患者の背中と術者の胸を接させる事が目的だ。術の性質上、最も効率のいい形であるというだけで、決して他意は無い。
…まあ、抱きかかえた上に患者の胸に手を添えるのだ。見た目に問題があるのは承知しているが。
だが今回は見つからないことが前提だったので、第三者の視点は脇に置いていたのだ。
しかし、今回はそこで幸村が入って来てしまったのが不味かった。
俺と半兵衛が凍りついたのは言うまでもないだろう。
はじめは不思議そうに首を傾げ、すぐに何をしているのかと聞いてくる。
治療のことを言わずに、この体勢の説明をしなければとは思うが、焦っている状態で簡単に思い付くわけもない。
ついとっさに出たのが、
『……美人、だから…?』
次の瞬間には既にあの叫び声というわけだ。
「この後…間違いなく面倒なことになるだろうね」
他人事のように言っているが、半兵衛も完全に騒動の中心人物である。
『やっぱり体勢は変えておくべきだったな…』
姿を戻した時、一度はそう提案したのだ。子供の時ならまだしも、大人の姿ではさすがに抱きかかえられるのは恥ずかしいだろうと。
だが、
「僕の中身はずっと今のままなんだよ?今更、恥ずかしいとは思わないけどね」
確かにそう言われてしまえばそれまでで。術者の俺が恥ずかしがるなんてのは端から有り得ない話だしな。
そう半兵衛が言った為に、それならば構わないかと、いつも通りに行った。
しかし今更ながら、その判断を少し後悔している。
きっともうしばらくしたら幸村の話を聞いた佐助や政宗が部屋に駆け込んで来るだろう。騒ぎ立てるのはもはや目に見えている。
いっそ部屋の鍵を閉めてしまいたいくらいの気分だ。
『……………?』
ふと、あることを思い出す。
…習慣として、俺は術を始める前確かに部屋の鍵をしたはずなのだ。
それから治療の時まで、外した覚えはない。
それなのに、佐助や小太郎ならともかくどうして幸村が入って来られたのか。
『……半兵衛…お前、鍵触ったか…?』
真っ先に思い付く考えはただ一つ。
未だ自身の内側に居る半兵衛に聞く。
聞かれた半兵衛は俺の胸に背中をつけたまま、後頭部までくっつけるように寄りかかって、にっこりと笑った。
「大輔…僕だって、たまには牽制も必要だと思わないかい?」
ねぇ、と。
まるで同意でも求めるかのように。
その一言に、思わず心中で天を仰ぐ。
俺はすっかり策に嵌められてたのだと、今更ながらに気付かされた。
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