訪問一週間以内7
「だいすけどの!」
庭で洗濯物を干していると、部屋の中が飛び出して来る影が視界の端を掠めた。
眼下に軽く土煙が立つ。急停止したらしいが、どうしてそこまで勢いをつけるのか。
「ここをしばしおかしくだされ!!」
手には二槍、これが幸村の得物らしい。
…が、
『小さい、よな…?』
「こっちにきたらちいさくなってしまったのでござるっ!!!」
子供サイズってことなのか?
掲げて見せてくれるが、本人はあまり気にしてはいないらしい。
確かに扱い易くて丁度良いかもしれないな。
『庭より、奥に訓練場があるからそっちを使ってくれ』
「まことかでござるか!ならばさっそくつかわせていただきたいっ!!」
『真っ直ぐ行けばわかる』
指差したと同時に駆け出して行く。
盛大すぎて逆に聞き取れない程の雄叫びをあげながら。
『………』
「…ほんとうにすごい声だね、かれは」
毎日、と呆れたように話しかけて来たのは半兵衛。正直な話、ダメージを受けた鼓膜には、その落ち着いた声がありがたい。
「これでさいごだよ」
『ああ、悪いな』
洗濯機の中の分を持って来てくれたのか。佐助と半兵衛はこんな風に率先して手伝ってくれるから助かる。
「べつに、たいしたことじゃない」
二人とも素直に礼を受けてはくれないが。
半兵衛は洗濯物の入った籠を渡した後も後ろに座って、俺が干すところを眺めている。しかも、珍しく周りに他の子供達も見当たらない。
これは気になっていた事を話す丁度良い機会かもしれないと思った。
『半兵衛』
残り少なくなった服を同じペースで干していく。
「うん?」
『胸を患っているのか』
びしりと、音が聞こえるかと思う程、背中に当たる空気が固まる。
それを敢えて無視しながら、何事もないように手を動かし続けた。
『氣が…溜まっている』
陽の氣が強すぎる。渦を巻いているのが遠目にもわかる。
そのせいで巡りが悪くなっているのが、ずっと気にかかっていた。
「……ほかのだれにも言わないでくれるかい?」
ふうと小さな、だが重い嘆息が洩れていく。背を向けたまま聞く肯定の声は、どこか達観したような響きさえ含んで聞こえた。
『…秘密を暴いた詫びに、』
最後の布を竿に吊す。
振り向いた視界には、まるで無表情な子供が映った。『高向流の気休めをやろうか』
日向を避けるように座った姿が、やけに弱々しく見える。
さて、こいつはこの藁に縋るのだろうか。
「…きやすめ…?」
『ああ』
「たかむこの…?」
『そうだ』
じぃっと測る両目が、笑うこの顔を見透かそうと動かなくなる。
会って二日。俺は真意を隠してなどいないが、それを信じるか否かの葛藤が正に今半兵衛の中にあるのだろう。
ややあって。
ふっと半兵衛が笑う。
過ぎて見ればほんの僅か。たった数秒間の検討だった。
「それはとてもきょうみ深いていあんだね、だいすけ」
『試すのか?』
「せっかくだから、君のこういにあまえさせてもらうよ」
ならばと、どこか楽しそうな半兵衛の隣に腰を下ろす。そして軽い体を胡座に乗せた。
「!」
『これが一番やりやすいんでな』
相手の背中が自分の胸に付くように抱えて、前から相手の胸に手をかざす。氣を巡らせ易い体勢なのだが…まぁ、五分も我慢してくれれば良い。
掌から流して胸で受ける。術者の身体を介して相手の余分な氣を散らしてやるのだ。例の妨害もあるにはあるが、この程度の簡単な技ならばさほどの影響は受けないらしい。
始めてから少し安心した。
「なんだかそうぞうしていたのとちがうな」
『どんなものだと思ってたんだ』
元就達の質問に答えるためにやって見せたようなものを、頭に描いていたという。
思わず苦笑してしまった。
気休めは‘氣休め’、文字通り被術者の氣を休める治療で、あんな大袈裟なことは滅多にしない。
「…ほんとに、らくになってきた」
溜まったものが無くなったのだからすっきりするのは当然だ。晴れやかとか爽やかとか、言葉にすればそんなところか。
『ふうん?…気のせいじゃないか』
しかしそれは一時凌ぎにすぎない。明日になればまた氣は溜まってしまうのだから。
「ぼくのかんちがいかい?」
『さあ…気休めだしな』
半兵衛の病は根が深い。完全に溜まらないようにするには、毎日こうしても二、三ヶ月はかかるだろう。
「そうだったね」
穏やかに笑う。真面目な治療と気付いているのか、言葉の通りには信じてはいなさそうだ。
「でも、やっぱりらくな気がするよ」
『なら、明日もしてやろうか』
そっと、確かめるように胸を撫でる。指の腹でなぞったそこは薄く、力を込めなくとも壊れそうだ。
「きみがいいなら」
『勿論』
望んだ結果だ。
…半兵衛が気付いて乗ってくれたのだから、とんだ茶番ではあるが。
「見かけによらず、いがいとだいすけはやさしいね」
まあ確かに強面の自覚はある。
過保護な自覚も、な。
とりあえず
『今日はここまで』
また明日。
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