来訪一ヶ月後1.





「ちょっといいか」

新たに増えた2人もそれぞれ生活に慣れはじめた頃、思い思いに過ごす子供らを避けて大輔は小十郎だけを呼ぶ。

『なんだ?』

「悪いんだが、少し手を貸してくれ」

大輔に限って珍しいことだとは思ったが、特にそれ以上の疑問も持たず付いて行く。階段を上がってさらに進み、通されたのは大輔の自室。
そこまではなにも変わらない、いつも通りのはずだった。

だが、大輔に続いて部屋に入った瞬間眉を寄せる。そこは以前見た光景とは明らかに一変してしまっていたのだ。

「閉めてくれるか」

一瞬固まっていた小十郎もその声で我に返る。静かに扉を閉めながら、それでも目は部屋中に貼られた札に向けられたままだ。

『…こりゃ一体、何を始めるつもりなんだ?』

壁と言わず床と言わず意味ありげな札が貼られ、よく見れば床にも何かしてあるようだ。どう考えても大輔は何かしら大々的なことをやろうとしているとしか思えない。

「智彰が行おうとしていた実験や雪崩れ込んだ物なんかを基に、俺なりにそれを解く仮説を立ててみた」

『…!!』

実際に大輔が直に視た武将達の状態も含めて考えた結果、いくつか候補となる考えがあるのだと言う。

「もう一度よく見せて貰ってから、その内のどれかを今から試させてほしいんだが」

引き受けてもらえないだろうかと聞かれれば、小十郎にしてみれば是非もない。
主である政宗を実験台にするなど出来るはずもなく、かといって協力しなければ元の世界に帰るのが難しくなるだけなのだから。

しかし

『構わねえと言ってやりたい所だが、万一でも政宗様を置いて戻る訳にはな…』

実験であれ何であれもしも成功してしまえば、再度主君と離れることになってしまう。小十郎にしてみればそれだけは避けたい事態だ。

眉間の皺を深くして答えた小十郎に対して、今度は大輔の方が顔を曇らせる。

「…期待に添えなくて申し訳ないんだが、まだ元の世界に戻す方法はわかっていない」

『……あぁ?』

「今回の話は年齢を戻す方法だけだ」

すまないと真面目に頭を下げられて、小十郎も自分の勘違いに気付く。
拍子抜けしたような気分にはなったがそれならそれで気楽でもある。

『なんだよ、そういうことは早く言ってくれ。だったら何の問題もねぇよ』

今度こそ快諾した小十郎に対し、大輔はもう一つ知っておいてほしい事があると付け加える。

「俺達の用いる術ってのは、大掛かりになればなる程、術を受ける側にも負担がかかる」

術者はもちろん被術者も気力、体力等を消耗する。そして今から行う実験は当然その大掛かりの部類に入る。

「極力軽減するつもりだが、多少の疲れは残っちまうかもしれねえ」

さらに本音を言えば大輔が小十郎を対象に選んだのも、身体的に子供の中では一番負担に耐えられそうだと踏んだからだ。
つまりは、それでもいいかと念を押しているわけだ。

とはいえその程度の事で小十郎が協力を惜しむはずもない。

『なるほどな。で?俺はどうしてたらいいんだ?』

「…とりあえず、そこの真ん中辺りに座ってくれ」

かすかに笑いながら大輔は床を指す。
まずは氣の状態をよく見るという。

「視てる間は凝視する事になっちまうから、慣れないと落ち着かないと思う。気になるようなら目ぇ瞑ってやり過ごしてくれ」

『わかった』

小十郎がそう返したのを確認すると、一つ息を吸い込んでから大輔はなにやら呪文のようなものを唱え始める。今は一旦目を閉じているから小十郎が見ていても目は合わないが、さすがに見つめ合いは避けたいところだ。
術とやらに興味はあったが早々に下を向いて目を閉じることにした。

そのうちに大輔の声が途絶え、見られているのだろうかと思えば確かに落ち着かない。なるべく意識しないように気を逸らすだけでも一苦労である。


「…もういい。悪かったな」

どのくらいの時間だったかは定かではないが、大輔のその声に内心だけで息をつく。正直なところ、今の術は全てを見透かされてしまうようで何度もやりたいものではない。

「視て思ったが、恐らくそこまでずれた仮説は立てていないだろう」

そう言って立ち上がり、奥の棚からいくつかの道具を手にして戻ってきた。

「まだ完全じゃあないからあんまり期待はしないでくれな」

にっと笑う大輔に呆れた。人を使っておいてまるで悪びれないから気が抜けてしまう。

『なんだか随分と頼りねぇじゃねえか…』

「ま、失敗はしないと思うがね」

軽く言いながら、紙を貼った石を小十郎に持たせる。その石にすら一般人には理解し難い模様が隙間無く施されているのだ。
嫌でも雰囲気が高まるではないか。

「そのまま気を張らないでいてくれよ」

自分の方でも準備をしながら小十郎の正面に座る。

『腹ぁ括った。いつでもいいぜ』

片手に札と反対の手には小さな鉾のようなものを持ち、大輔は小さく笑って頷いた。しかしすぐに真顔に戻ると淡々と呪文を唱え始める。

時折鉾についた鈴がリンと鳴り、徐々に室内の何かが高まっていくのが小十郎にもはっきり感じられる。同時に布擦れのような音が耳の奥から聞こえ始め、次第に大きくなっていく。得体の知れない恐ろしさはあるが、ここまで来たら大輔を信じるしかないと言い聞かせ、努めて力が入らないように意識した。


そうして十数分もたった頃、不意に小十郎の手にあった石が唐突に砕け落ちる。

ぱすんという間抜けな音と軽い衝撃。
その事に気をとられ、あっと思う間に小十郎の手はかつての大きなそれに変わっていた。

変化はまさに一瞬。

『…信じられねぇ…』

呆然と自分の両手を眺める小十郎に鏡を手渡しながら大輔は問う。

「どうだ?」

『…信じられねぇが…いや、確かに俺だ』

こんなにじっくりと見たのは生まれてから初めてではないかという程まじまじと鏡を覗き込む。

「まだ長くは保たない。多分あと2、3分もすれば戻っちまうだろうが、まあ1回目にしちゃ上出来だと思ってくれよ」

『それにしても…すごいなお前』

鏡を置いて体を検分しつつ、正直な感想が口をついて出る。
それを追うように視線も大輔に向けて見れば。

『!、おい大丈夫か?真っ青だぞ』

元の大きさに戻ってなおある体格差に少々驚きつつも、顔色のない程やつれた大輔に顔をしかめる。

「大丈夫だ。じき治るから気にしなくていい」

だが自分の方を向かせてよくよく見るほどとてもそうとは思えない。

『術ってのはここまで消耗するもんなのか…?何かまずい事でもあったんじゃねぇのかよ?』

「失礼な奴だ…失敗なんかしてねぇよ」

誰がしてもこんなものだと大輔は言う。抵抗もなく見せているものだからうっかり信じそうになってしまうが、一度でこれほど疲労することをあのひ弱そうな智彰に出来るものなのかとも思う。

『…お前…』

言いかけた瞬間ふっと目線が低くなる。
変わらず立っているのに、先ほどよりも近い位置に座っている大輔の顔があった。

「5分くらいだな。まだ詰める所ばっかりだ」

軽くため息を吐く。
それだけの仕草が、やけに疲れているように見えて。

「だいすけー。どこだー?」

何かを言いたかった気もするが、階下からした子供の声に遮られる。
大輔を呼んだその声は小十郎が主と仰ぐ政宗のものだ。

「…片付けたら行くから、先に降りててくれないか」

体も戻っていることだしと重ねられ、何となくタイミングを逃した小十郎は渋々ながら立ち上がる。
その動きを追うようにして大輔が聞く。


「明日も手伝ってもらえるか?」


未だ真っ青な顔をして良く言うものだ。

それでも


『………わかった』


強い目でそう聞かれてしまえば、強いて断る事も出来ず。

一言了承の意を告げて、小十郎は部屋を後にした。




(一歩前進?)





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