来訪直後4.
俊基の唱和が止む。
一拍先に終わって待つ俺は、今は落ち着いた大皿に目を向けた。術儀の最中は絶えず逆巻き続け、一時は柱のように立ちあがることもあった。
それに、見たところ伊達に持たせておいた札も半分以上破れてしまっているようだ。
その結果に思わず嘆息する。まずいかとも思ったが、幸い子供たちは呆然としていて気付いていないようだ。
「…たかむこどの?」
『あぁ、悪い…』
そういえば真田は何も知らないままだった。さっきのため息が大分表情を硬くさせてしまったようだ。
『…結論から言えば、真田達の世界に問題はない』
安心させようと説明を始める。
彼らの世界は今のところ時間が止まっているから、ということがその理由だ。時間の止まった空間は冬眠しているようなもので、滅多なことでは揺らがない。動いている状態の方が問題は起こりやすいのだ。
一人や二人なら兎も角、さすがにこれだけの人数が世界から抜けてしまっては時の流れも立ち行かなくなるらしい。
まして皆歴史に残るような偉人ばかりでは、当たり前と言えば当たり前だが。
「ほんとでござるか…?」
『むしろ、皆が帰るまで世界は変われないと言った方が正しいな』
だからまぁ、好都合ではある。
『それで帰れるかどうかなんだが…』
言った途端、呆けていたはずの五人も急に耳をそばだてる。
こればかりは見ているだけでは分からなかったのだろう。
「残念だが…」
「「!!?」」
『俊基…?』
「残念だが、オレ達の手に負えてしまう範囲の事なんだよな」
わざとらしくため息まで吐いてみせている。
何がしたいのかと思えば。
「……は?」
「もうちょっと面倒な事になってりゃ本家預かりになってオレは楽だったんだがね」
「つ、まり…?」
『問題はない。戻ることは可能だ』
口も閉じ忘れてるのがほとんど。皆なんとも間抜けな顔だ。
これが見たかったのか俊基は一人でゲラゲラ笑ってやがる。
「Screw you!てめぇのつごうなんざしるかっ!!!」
くそったれ!
「まじで、まぎらわしいことするんじゃねぇよっ!!」
「じょうだんはやめてくだされっ!!ほんきでもうおやかたさまにはあえないのかとっ…!!!」
半べその真田を抱えて猿飛が殺気立つ。残る竹中と毛利も忌々しげに俊基を睨み付けていて、心証は完全に最悪だろうと思う。
…頼りになる奴なんだがな。
「あれ?本当にそんな態度でいいのか?オレが手伝わないと戻れないんだぜー?」
「…!!」
「うん?どうなんだよ」
「〜〜〜っ!!!!!」
唸る子供達。にやつく俊基。
まだ会ってたった数時間だぞ。むしろそこまで対立出来る方が俺にとっては理解不能だぜ。
『いいかげんにしろ』
仕方なく何度目かの仲裁に入る。
『歪みを正すのは一族の責務だろうが』
だから例えこいつらが嫌がっても、最初から俺達はこいつらを帰さなければならない決まりなのだ。
その為に折角ここまで力を信じさせて頼らせる雰囲気に持ってきたのに、今になってやっぱり頼らないと言われた方が余程面倒な事になる。
「では…」
『当然、責任を持って帰す。安心してほしい』
途端に顔を輝かす子供ら。鬼の首でも取ったように俊基を見返す顔は、本当に中身が大人なのか疑わしい程嬉しそうだ。
「バラすなよなー。確かに大輔の言うとおりだけどな、お前らすぐに帰れると思うなよ」
なあと振られて頷く。確かにそこは重要だろう。
「準備に死ぬ気でやって半年、普通で一年ちょい、慎重にやるなら三年はかかる」
その言葉に一同が固まる。
今回の場合は人数が多いこともあるが、普通のケースよりも途中の障害が多いことの方に問題がある。
先見が通じなかったことで薄々気付いてはいたのだが、さっきの術を行った事でその障害の多さは明らかになった。
「ではしぬきでやれ」
「冗談。嫌だね」
ちなみに今言った‘死ぬ気で’は、本当に死ぬ可能性が出てくる。本気で俺達の寿命と引き換えにした場合の予測期間なのだ。
『…だから、できたら普通で勘弁してほしい』
こちらで過ごした一年分の身体的な老化は、勿論向こうに戻った時には無くなるように調整して帰す、とも説明する。そうでなければ歴史が変わってしまうかもしれないからだ。
自分で言った事だが、なんて至れり尽くせりな話だろうと思うね。
世界の均衡を保つ為にそういう調整も仕事の内なだけではあるが。
「…さすがにいのちをくれとはいえねえよ」
「どうかんだ。あとあじわるすぎるぜ」
「いちおう世話になるようだしね。ここまできたらかくごを決めるしかなさそうだ」
「おれさまはべつにどっちでもいいけど」
「われは早いほうがよ…」
「だめでござる!!そんなことぜったいにだめでござるっ!!!!」
「まあ端から無理してやる気ねぇけどな」
絶叫、もとい力説してくれている真田に隠れて俊基が呟く。
なら初めから言わなきゃ良いだろうが。
全くいい性格してやがる。
『…それと、その間皆の身柄は俺達が預かる。すまないがこれは強制だ。提案じゃあない』
これには異分子がこちらの世界に何らかの影響を与えないようにするという監視と、彼ら自体を保護するという意味がある。
無意味に警戒させたくないのはその為なのだ。逃げ出したり勝手な行動をとるのを強制的に阻止するよりも、自主的に従ってくれた方がどう考えても好ましい。
『いいな?』
強制を嫌いそうな武将たちにこれを言うのは、実のところかなり不味い気もした。
だが、後々を考えればはっきりさせておいた方がいいだろうと思ったのだ。
「…フン、きょひけんがないならば聞くでないわ」
「じっさい、君にはきょうせいするだけのしゅだんもあるようだしね」
「可愛くねーガキ共だな」
「Ha!コイツがいないならかんがえてやってもいいぜ!」
「たしかに。ちょっ〜と、いっしょにはいたくないねー」
「まじで可愛くねぇ!」
『…この家には住んでないから安心してくれ』
「ならぜんぜんもんだいねーよ!だってこっちでのめんどうまでみてくれるってことだろ?ありがたいくらいだぜ!」
まさか、爽やかに笑う長宗我部にまで言われるとは。
そこまで嫌ってるとなると気軽に手伝いにも呼びにくいな…。
「それではたかむこどの!!これからしばらくのあいだ、よろしくおねがいいたすっ!!!」
『うん、よろしく頼む』
未だ不安は残るものの、とりあえず表面上は大きな問題も無く、この不思議な新生活は始まった。
(当分の間、よろしく)
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