確信犯





『先見をしてほしい?』


急な話だ。


何しろ朝食の最中に突然言われたのだから。
漬け物を箸で持ち上げたまま、思わずオウムのように繰り返す。


「なに、簡単なもので良いのだがな!」


「大輔殿!この幸村も見てもらいとうございまするっ!!」


上座で笑う信玄公はともかく、詰め寄って来そうな幸村には思わず一歩退きたくなってしまった。


「…アハー…ごめんね大輔ちゃん。こうなると俺様にもちょっと止められないんだわ」


横で苦笑いする佐助と少しばかり目を合わせ、さもあろうと頷きあう。

それに、ここまで期待されれば断るのも気がひけた。


『では、簡単なものを』


ちらりとその場の顔触れを眺め、見えた予見に目を閉じる。

ひどく楽しみにしているらしい幸村の視線が痛い。


『…信玄公は、本日大変残念な思いをなさるでしょう。幸村は…、気休めかも知れないが、猫でも飼ってみたらどうだ?佐助は水に気をつけた方が良い』


べらべらと一息に伝え終わり、一方的に話を止める。


「残念な思いとな!?」


「何故ネコなのでござろう!?」


「俺様の分はよかったのにー」



言い終えればいよいよ詰め寄って来た赤い二人をいなしつつ、早めに残りの飯をかき込んだ。


『今日は皆様、厄日でございますな』


ご馳走様と箸を置き、逃げるように席を立つ。

幸村はともかく、信玄公への先見は俺の力ではどうにも動かすのが難しい。

ここは師弟仲良く静かになってもらおうではないかと、心の中だけで合掌した。





* * * * *






「…ほーんと、ひどいよねー大輔ちゃんてば」


夜、小気味良く襖が開いたかと思ったら、部屋に来るなり佐助が言った。


「全然良い予言してくんないんだから」


『そう言われてもな』


おみやげと言って渡されたのは酒瓶一本。
二つ揃いの杯もどこからか手品のように取り出している。


『今日は見るだけの依頼だろう』


変更してくれとは言われていない。

そう言うと佐助は首をすくめて、わざとらしくため息までついてみせる。


「そーゆーとこ、タチ悪いっていうかさ」


ちらっと流された視線が痛い。
なんだかんだと言いながら、結局こいつはあの二人の味方をするからやりづらいんだ。


…朝の予告の後、信玄公のところに上杉からの使いが来た。届けられた手紙によると、なんでも上杉方に不都合が生じたらしく、大分前から公が楽しみにしていた今度の合戦を取り止めてほしいとの内容だったらしい。
そのせいで信玄公は日も高い内からふて寝を決め込んでしまわれた。

そのしばらく後、女中が幸村の稽古後のおやつにと用意していた団子が、ほぼ全て鼠によって喰われいた事が判明する。
それを知った時の幸村の絶叫は、城内で聞かない者がいない程。
団子は一日二十本しか買わないという佐助の厳しい躾により、その後の幸村の消沈振りはさすがに目に余ったくらいで。


「もう二人とも絶対大輔ちゃんに見てほしいなんて言わないよ、きっと」


『別に俺が不幸を呼んだわけじゃないんだがな』


たまたま今日は、皆がついていなかったというだけで。


「まぁそういうことにしとくけどさ。…でも、俺様のはまだ当たってないじゃん。“水に注意”ってやつ」


はずしたと思っているのか、酒を飲みながらにやにやと佐助は笑っている。

まだこの俺が見間違えるなんてちらっとでも思っているところが、やはり一族の者とは違うな。


『俺は外さねえし。水はこれ、佐助の持ってきた酒だ』


そう言って、まだそれほど減っていない瓶を指差す。


「えー?注意するとこなんかないでしょーが。毒なんか入ってないし?」


少し眉をしかめて、さっきから飲んでいるくせに、もう一度ペロリと舐めてみていた。

まさか。
自分で毒を入れて来るやつがあるかよ。


『…ー……ーー…』


「え?」


そう思いながら、ごく近い佐助にさえ聞き取れない程度に声を出す。

自然と上がる口角はそのままに、手招きすれば素直によって来るから面白い。
前はそんな無警戒なのは忍らしくないと言って嫌がっていたくせにな。


「なに?」


耳打ちするようなふりをして、そのまま澄ましてキスまでこぎつける。

軽くかじっただけの耳がもう赤い。


『お前が注意するのは俺』


目を合わせたまま笑えば、驚いたまま固まる佐助もようやく何かに気付いたようだ。
大概どの世界でも、酔っ払いには気をつけるものだと思うがね。


まぁ、強くない俺にこんなきつい酒を持って来る時点で、佐助としても計画的ではあるんだろうが。


「…朝から考えばれてたってこと?…それはさすがに、ちょっと恥ずかしいね」


耳の赤みもひかないまま、俺の胸辺りで顔を隠すように、ぎゅうと抱きついてくる。それを適当にあやしつつ、杯や酒から距離を置く。


「…でも、大輔ちゃんのそういう知っててもちゃんと付き合ってくれるとこ、すごい好き」


「俺も佐助の誘い方、結構好きだぜ」



そのまま抱き合って固い畳に沈みつつ、


どちらかと言えば、俺の方が水に注意だったかも知れないと、酔いの回り始めた頭でふと思う。


しかしまぁ、


この場合、二人とも注意する必要はないかと思い直した。





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