逗留・後





「明日、戻る」


右腕の骨折が治り、三日して、ついに恐れていたことを聞かされた。


「術の準備も終わった」


『そっか…』


端的に、しかし明確に用件を告げるその声が、まるで頭を刺し貫いてしまったかのよう。
何を言っているのかわかっているのに、少しもその言葉が理解できない。


『な、んかさ!意外とはやく感じちゃうなー!大輔ちゃんがこっち来て、まだ全然経ってないみたいな…』


「結局、ひと月も世話になっちまった。本当、助かったぜ」


やさしく笑う顔が見えているようで見えていない。

どうしようと頭の中で繰り返す。
自分はどうしたらいいのかと思うばかりで、答えなどちっとも出やしない。


「…あ、真田が呼んでるぞ」


ぐるぐると空回りするだけの思考。
その回転をわずかに止めるのは、遠くに響く旦那の声と目の前にいる大輔の声。


『…本当だ。行かなきゃね…。じゃあ大輔ちゃん、また夜に』


「ああ。またな」


かけられた声を耳に留めながらも、体はすでに移動しつつある。
慣れとは大したものだと、冷静な一部で感じていた。

思考はいまだぐるぐると、どうすれば引き止められるだろうかなんて考え続けていたというのに。























音もなく部屋に侵入する。
影さえ見えない今夜は雲が厚い。本来ならばあるはずの満月に近い空の月も、すっかり隠れた闇夜である。

愛用の巨大な手裏剣を構え、一歩、横たわる大輔に近づいた。
何の気配も、風さえ動いていないはず。

それなのに、


「今日はよく会いに来るんだな」


寝ているはずのその人は、平時と変わらない声で話しかけてくる。

しかしそのことに驚きはしたが、予想していなかった訳ではない。


『……驚かないよね大輔ちゃんて』


前に、好意を抱く以前にも、こうして真夜中に忍び込んだことがある。
その時も同じように声をかけられた。


「俺を殺すか」


『違うよ。ほんのちょっと、ケガしてほしいだけ』


怪我をしていれば、治るまでは留まってくれるのではないかと思った。
ついでに手足の一、二本もなければ、術が使えなくなるんじゃないかなどと、非道い期待をしているだけだ。


『ごめんね大輔ちゃん』


なるべく痛みが無いようにするからと伝えれば、ハァと一つため息を吐かれた。


「…そんなに俺を側に置きたいか」


ピクリ、と自分の体が揺れる。何故そうも簡単に思考の飛躍について来られる。
自分はただ怪我をさせると言っただけだ。

好きだという根底さえ、大輔には告げていないのに。


「悪いとは思ったんだが……式の記憶を見せてもらった」


シキ…あのクナイの式神か。
何の記憶を見たのかと思い、無意識に頭の中で反芻する。大輔が来てからは式神はずっと大輔の側にいるから、見るならばそれ以前の…

そう考えて、急に血の気が引いていく。


「お前の態度が引っかかってな…」


気づけば明かりが灯されていて、ほんの少し眉根を寄せた大輔の顔と正面から目があった。

やはり、と思う。
大輔は自分が彼を呼んでしまったあの時の、惨めな姿を知ったのだ。


『だっ、て…好き…なんだ』


もはや知られているのならと、自棄気味にそう告げる。それでも大輔は顔色一つ変わらない。

手足が震える。目眩がする。
自分ばかりが分が悪い。


『しょうがないじゃん…好きになる気なんかなかったよ。でも、もう遅い。だから…俺様はここで引き止める』


拒絶の言葉を聞くくらいなら、悲鳴を聞いた方がいい。
声をふさいでしまおうと、再び得物を構えて踊りかかる。今更なりふりなど構う余裕は残っていない。


『…!!』


しかし右腕を狙った一撃は、鋭い金属音とともに寸前で止められる。式神が、大輔を庇うように前に出ていた。


「佐助」


自分の武器をその体で受けた式神は、煙のように姿を消す。残ったのは、真っ二つになったクナイが床に当たった音だけだ。

だがそんなことにはまるで頓着せず、大輔はただ自分を見据えている。


「そんなに俺が必要か」


耳を疑った。
思わず床から視線を上げる。それだけで向けられる双眸から目がそらせなくなった。

二撃目なんて、放てるわけがない。


「俺は誰か一人だけを選べない。非道ぇ男だぞ」


それくらい、知っている。
たったひと月で、大輔が相手にした女中は片手に足りない。なのに今も、皆に想われ続けている不実な男だ。

言い寄る相手を端から相手にするような、どうしたって慕うには向かない人。

もし少しでも優しくされてしまったら、傍にいるだけで意地が挫けていくような、自身の弱点にしかならない存在になるのは目に見えている。


それでも、



『…いるよ…俺様には、絶対…大輔が必要なの…!』


きっとこれからも、自分だけを見てくれることはない。自分ばかりが傷つくのは目に見えているけれど。


『…俺様しか、見えなくさせてみせる、し…!』


ありえないことを強がってみた。

そうしたら、ほんのちょっと困ったように、でも、はっきりと大輔がわらう。


「…お前、力ずくでやろうとするくらいだしな」


目の前に手が差し出されて、ほっとして、思わずすがりついていた。
腕の中にすっかり収められてしまうとどうしようもなく安心する。

あんまり心地よすぎて、抜けられなくなりそうだと思った。


「佐助が飽きるまで、こっちに居るよ」


驚いて胸から顔を上げる。


『…うそ……』


「嘘じゃねえ。佐助が、俺のことを必要としなくなるまで側にいる」


たった今そう決めたのだと大輔は言う。至極真面目な、どうしようもなく優しい顔をして。


『…ずっと必要だよ?』


「ならずっと居てやる」


『俺様、一生離す気なんかないよ?』


期待に、しがみつく手に力が入る。
あやすように自分の髪を梳く手が、勝手に期待を膨らますのだ。


「一生でもかまわねぇさ」


言った顔は、まるで大輔のことを必要としなくなると確信しているみたいだった。
そのことが少しだけ気にかかったけれど。


「約束する」


その声が、抱えてくれる腕や撫でる手が、逆らう思考を端から溶かしてしまうから。
ぼろぼろと出る涙も止められない。本当に、自分でも泣いてばかりだと思うほど。

自分でも不思議なくらいに弱くなってしまったらしい。
頷く代わりにもっと強くしがみつく。



「俺からは、離せないからな」



自分だって


意地でもこの手は離さないと誓った。





【了】





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