逗留・前





大輔がこちらに来て数日。
裂傷の方はほぼ完治したと言っていい。本人によると、自己治癒力を高めているから、短時間でも治りがはやいのだとか。
つくづく便利な一族だと思う。
まだ右腕の骨折は完治に時間がかかるらしいが、それだって普通の何倍も早い期間で治るんだろうよ。

自分の気持ちを知った今、本当は全てが治るまで付きっきりでも看病したいところだが、実際そうも言っていられない。それでも任務がなければ朝夕に必ず、あるときでも終わり次第すぐに会いに来ていた。


…しみじみと、自分は意外と女々しかったんだなと気付く。

好きなんだから、一緒にいたいと思うのは当然だと半ば開き直って通いつめる事にはしたが。


とりあえず今大輔には、大将に訳を(半分以上作り話だけど)話して旦那の城に滞在してもらっている。迷惑をかけないようにと、大輔は身の回りのこともできる限りクナイの式神にさせているらしい。
大輔らしいけれど、もう少しくらい頼ってくれればとも思う。

とは言え、城の人間と全く接しないことはありえない。


しかし、だ。


「高向様」

「包帯をおかえ致しましょう」

「夕餉の支度が整いましてございます」

「お召し替えのお手伝いにまいりました」

茶やら菓子やら、果ては用向きがないかと聞きに来る始末。
さすがにこの集まりぶりは目に余る。

女中たちの目敏さときたら、大輔がきた次の朝にはもうこの状態だったくらいで。
思いを寄せる自分にとっては殺意さえ抱きかねない状況である。

『(なのに、大輔ちゃん…全然困ってないし、さ…)』

大輔本人はちっともその状況に動じていないのが、さらに自分の不安を煽る。自分は大輔にとって厄介事ばかりおこす存在だし、何より男。どう考えたって言い寄る女中に比べたら分が悪すぎる。
せめて大輔が戸惑うか、嫌がりでもしてくれたならと思わずにはいられない。

『(…いっそ、手の届かない世界にいてくれた方がいいのかな…)』

目の届く場所に居られてしまえば、どうしたって嫉妬が出るのは抑えきれない。
それでも今は、専らの手伝いは式神がしていると言い聞かせ、そのことだけを救いに荒れそうになる感情をなだめていた。
忙しいなら貸してくれると大輔は言ったが、丁重に断った。女中が近づく方が忙しいよりよほど辛いと思ったから。



それなのに、



「あ…ん、大輔…さまぁ…」



いつも通り大急ぎで任務を終わらせて戻ってみれば。紙一枚隔てた向こう側から聞こえてくるのは紛れもなく情交中の声と音。

反射的にその場から逃げ出していた。

止める権利は無く、かといって聞き続けるなんて不可能すぎる。



胸の内がどす黒く染まる中、恐ろしく久しぶりに泣いた。





* * * * *






更に数日、いまだ大輔の右腕は治らない。しかし既に、大輔は帰るための準備も始めていた。

『…なんか、俺様の時より簡単な飾りつけじゃない?』

いつの間に作ったのかわからないが、それでも壁に貼られた札は数枚しかない。それに、飾り自体も札くらいしかないようだ。

「まだ始めたばかりだからな」

その言葉通り、毎日ゆっくりと増えていくそれらを見て、自分の時は本当に急いでくれていたのだと改めて実感する。顔が青くなることさえ、今回は一度としてない。

『(…………)』

胸に、暗い愉悦がじんわりと広がっていく。

自分の為に、体調がまずくなるほど無理をしてくれた。
そんなことに、少なからず喜びを感じている自分は、どうしようもなく性格が歪んでいるのかもしれない。

口の端が上がりかけるのを、歯を食いしばってなんとか抑える。

「とりあえずは、腕が治ったら仕上げに入るつもりでいる」

告げられた言葉にずきりと胸が痛んだ。
やはり大輔は、傷が治ったら帰ってしまうのかと思う。
一時はそれも望んだとはいえ、やはり正面から突きつけられれば辛い。

『……そっか』

なんとか出た声は、自分のものとは思えないくらい遠くに聞こえる。
ずっと自分の傍にいてくれたらいいのに。

『ねぇ…大輔ちゃんは、やっぱり早く帰りたい?』

「うん?…そうだな…」

恐る恐る問いかける。もし頷かれてしまったら、なんて考えて内心では焦るばかり。
それでもきちんと笑顔を作れてしまう自分の顔は、最高に良くできた面だと思った。

「別に急ぐ理由はないがな。まあ、遅くする理由もねえし」

『…なら!しばらくこっちに居たらいいって!大将だって大輔ちゃんのことすごい気に入ってるしさ?』

なんの力みもない言葉に、理由さえあれば居てくれるのかと必死に食い下がる。
目線の高い大輔がわずかに首を曲げて自分を見ている。

そのまま一瞬考えた後。

「でも世話になりっぱなしてのも落ちつかねえよ。向こうで問題が起きてても面倒だしな」

そういえば、一族の次期当主なのだと思い出す。突然行方をくらましたことの説明は、自分にはよくわからない方法でしたらしいが、どうしたってずっと此処に居る訳にはいかない相手だったのだ。

『あー…そっか。そうだよね…』

アハハなんて声まで出して、わざとらしく笑ってみたけど、これはちょっとしくじった。気分は最悪に滅入る一方だし、沈んだ気分を切り替えられもしない。
自慢の能面も、ついにボロを隠しきれなくなってきた。

どうしてここまで入れ込むのかと、不思議に思う自分もいる。こんなに酷い有り様なら、忍の看板も下ろし時かとあざ笑う。

「…佐助」

大輔がぐだぐだと深みにはまる自分を呼ぶ。しかし、呼んだきり何も言わないから、何かと聞いたが返事はなかった。

『どうかしたの大輔ちゃん』

「いや…何でもなかった。悪いな」

口元を隠し、一瞬思案した後で、首を振ってそう否定する。何だろうかとは思ったが、その時はそれ以上の追求はしなかった。

『ならいいけどさ?』

その後はいつも通り当たり障りのない話をして別れた。

意図的に、色々な考えに蓋をしながら。





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