再会





あたたかい感覚に引かれるように目を覚ます。あわてて上半身を起こすと、どうやら自分は大輔の上に被さるように倒れていたらしい。

「…起きたか?」

いるはずのなかった相手と、ごく普通に目があう。

「悪いな。まだ、体借りてるぜ」

言われたこと以上に、そのことに呆気にとられて声も出せなかった。
さっきまで瀕死だったくせに、大輔はすでに大分ましな顔色をしていて、そんなことを平然と言ってのけるのだ。

だが、確かに背中があたたかい。手が当てられているらしいから、前にもしたことのある気功というやつだろう。
これが自分の意識を引き上げたらしいとなんとなく理解する。

「佐助?」

『…!、ごめん!…こんなことするつもりじゃなくて、本当に…その…ごめん!!ごめんね大輔ちゃん…!』

呼ばれてようやく我にかえる。ぼんやり分析なんかしてる場合じゃない。

だけど陳腐な謝罪しか出てこなくて、それでもとにかく謝った。

『本当に、ごめん!!』

「いや、俺の方に手落ちがあった。驚かせて悪かったな」

傷だらけの顔が真剣な表情を浮かべる。その血はすでに止まっているが、未だ乾いてすらいない痕が生々しい。

「だが、大した実害は出てないから、すまねえが今回は良しとしてくれ」

どこを見て実害が出てないなんて言うんだこの人は。俺の情けない感情のせいで、そんな大怪我しているくせに。
大体アンタは全然悪くないのに、なんでそんな風に言うのだ。

そう思っても、どんなに言葉が浮かんでも、一つも声になりはしない。
みんな喉につかえてしまうばかりで、ちっとも音になってくれない。

「…だから、そんな泣きそうな顔するなよ」

頼むからと、困ったように大輔は笑う。なだめるみたいに背をさすられて、余計に堪えるのが難しくなってしまった。

『(…やっぱ…大輔ちゃん…だ、…)』

なんとか抑えようと奥歯を噛みしめる。

目の前に、夢にまで見た相手がいる。夢や幻なんかじゃない、まぎれもない本物の大輔が。

ただし、その相手は自分のせいで傷だらけ。今にも危ないくらいに死にかけてしまったのだ。


嬉しさも悲しさも後悔も、何もかも混ざる感情のせいで自分の顔は情けなく歪んでいる。今はこぼれそうなものを押し止めるだけで精一杯なのだ。
到底忍とは思えない無様だが、それでも構わないと思っている自分もいた。
そんなことよりも、ただ目の前に大輔がいる。それだけが、溶けるように胸に染みた。





* * * * *






さて、と大輔が声を出す。背中をさすっていた手を止めて、確かめるように顔を合わせられた。

「落ち着いたか?」

『…ご迷惑をおかけしました』

取り乱していた自分が落ち着くのを待って、ようやく再開の格好がつく。
気恥ずかしいやら情けないやら、ばつがわるいとしか言えない。
今もまだ顔が赤い気がする。

「…落ち着いて早々悪いんだが、手当てをしてもらえると、助かる」

わずかに眉を下げて笑う。自分も、言われてやっと気がついた。
大輔は命はつなぎ止めたものの、外側の裂傷はまだ手付かずだったのだ。

『ごめん!ちょっと待ってて、今用意するから…!』

「…っ!」

『!!ちょっ…、大輔ちゃん!?』

準備をするためにと起き上がろうと、して…間違えて大輔の傷口に思いっきり手をついてしまった。
信じられないような失敗に、自分の下で声もなく大輔が呻く。

『ごめんなさっ…、ごめん、大丈夫!?』

「…いい…大丈夫だから、とにかく、落ち着いてくれ」

うっすら涙目のまま言われて、謝りながらなんとか呼吸を整える。

何度も落ち着くように繰り返され、必死に冷静さを手繰り寄せ、どうにか手当てにこぎつけた。破れてボロボロの着物を脱がし、傷口を水で洗い清める。骨折には添え木をし、裂傷同様布を巻いた。

それらの手当てが全て終わると、結局、布が巻かれていないところがほとんど無いくらい、大輔の怪我は酷かったのだ。着ていたあちらの世界の服も原型がなく、諦めるしかないだろう。

「さっきは悪かったな。勝手に氣を取っちまって」

『そんなの全然構うことないよ!こっちの方が悪かったんだからさ』

結局自分の方まで回復してもらってしまったし、むしろ、大輔が勝手に取るほど危険な状態にしてしまった事の方が問題なのだ。

「だから、佐助のせいじゃねぇ。式神を消さなかった俺が悪いんだ。自業自得なんだって言ってるだろうが」

『いや、俺様が呼ばなきゃこんな風にはなんなかったんだ。本当…大輔ちゃんにはいくら謝っても足りない』

すまなかったと額をつけて謝る。そうしたら、ようやく諦めてくれたのか、困ったようにではあったけれど、やっと謝罪を受けてくれた。

だけど同時に、一つの質問もされてしまって。

「そういえば、どうして俺を呼んだんだ?まずい事でもあったのか?」

『へっ?!……あ、…あ―……』

一瞬思考が止まった。
思い返しても何をしても、まともな言い訳が一つも出てこない。

ただ会いたかっただけだなんて口が裂けても言えそうな状況ではない。

『(…これだけ怪我させといて好きだなんて言えないよ!)』

怒られるどころではきっと済まない。気持ち悪がられて、絶対嫌われるに決まっている。

これから数日間は確実に滞在するはずなのに、それは気まずいというかお互いにとってある種の拷問に近いだろう。

『…えーとね?偵察に行ったらさ!?うちの旦那、意外と人使い荒いしこんな時式神が使えたらなーっていうか、大輔ちゃんいたら俺様の仕事かなり減るのになぁとか思っちゃってね!?それで、ここに居てくれたらいいなーってうっかりあのクナイに向かって言っちゃってさ!!あ!もちろん独り言のつもりだったんだけどなんか命令と思っちゃったらしくて…だってさ?ほら、俺様忍なのに家事とか団子買うだけのお使いとかまでやらされちゃうし、なんかほんと、疲れてたっていうか…その……うん…、ごめん……』

一気にまくし立ててはみたものの、それの半分以上はでまかせだし、結局くだらない理由であることに変わりはなく。尻すぼみに消える言葉同様、上がりかけていた頭が再び下がってしまう。

まともに顔が見れないと怒鳴り声さえ覚悟した。

にもかかわらず、

「…そうか。佐助も大変だな」

なんて。

驚いて思わず顔を上げてしまった。
自分を見る大輔には怒りも軽蔑もなく、ただ何でもないような、むしろ少し気の毒そうな表情を向けられてしまう。
そのことに絶句する自分を気にする風でもなく、どこまでも大輔は平然としているのだ。

「とりあえず、しばらく置いてくれ。さすがにすぐは帰れねえよ」

唖然としたまま、この男は怒るということがあるのだろうかと心底思った。

『(…なんかもう、優しいとかいう次元じゃないよねこの人…)』

殺されかけても気にしないなんて、どうにかしているとしか言えない。

「いいだろ?」

それくらい、と。
それくらいもどれくらいも、自分が大輔に何かを禁止できる立場でもないと思うのだが。

しかし、そう言ったところでこの人を困らせるだけだろうから。
変わりにしっかりといつもの笑顔をつくって見せた。

『もちろん好きなだけ居てよ?言ってくれれば、俺様なんでもしちゃうし』

それに今、自分の側に居てくれるなら、他のことはどうでもかまわない。

とりあえず何もかも全ては二の次でいいと思ってしまう自分がいた。





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