白い紐





このクナイを残しているのは失敗だった。

何度そう考えたか知れない。

だが、何度そう考えたところで、結局いつもどうすることも出来ないのだけれども。

『はー…』

忍失格かもしれないと、白い紐の結ばれたクナイを見る。今となっては唯一残る例の七日間の証拠だった。
帰ってきた日の深夜、ふと思い出して確かめた時から、こうして事あるごとに…というか、暇さえあればながめてしまっている。

我ながら女々しいとは思うものの、大輔と自分を繋ぐただ一つの物だと思うと、どうしても手放せないのだ。

『(…あいたいな…)』

じっと見つめながら、思い出すのは恋しい相手の顔ばかり。
たとえ会ったところで報われないのはわかっている。まして二度と会える相手ではない、会う手だてすらないというのに。

たった三日でこのザマとは。
これでは忍が聞いて呆れる。まるっきり感情に振り回されているではないか。

『ひと月待てば治る……気がしないんだよねー…』

感情を収めようと繰り返し続けた言葉も、もはや効果切れは明らかで。

これは思ったよりも重症らしい。

再度ひとりで息をこぼす。近頃ため息ばかり吐いているが、それを気にする余裕もない。せめて戦やまともな仕事でもあれば、考える暇など無くなるのだが。

『(俺様ってば不謹慎すぎ…?)』

あいにく周りの各国とは同盟中で、遠方にも忍頭が動くほどの不穏な国は見あたらない。
ありがたい筈の平和も、今ばかりは情けない自分をせせら笑っているかのようだ。

『会いたいよ大輔ちゃん…』

両手で握りしめたクナイが痛い。気付かずに刃の部分まで握ってしまったようで、じんわりと皮膚から血が染みだす感覚がする。
そんな所までつくづく運のない自分に涙が出そうだ。

それでも、つかんだ手を緩められない。
それどころか結ばれた白い紐から目も離せない。見つめすぎて、その紐を結んだ手の動きまで思い出してしまいかけるのだから、末期としか言えないだろう。

『大輔ちゃんに会いたい』

呟き続ける声は自分でも呆れるくらいつまらない。馬鹿の一つ覚えのみたいに、ただひたすら会いたいと繰り返すだけだ。


だからこそ、すがるように引き寄せたクナイが、まさか消えるなんて夢にも思っていなかった。

『………は…?』

なぜかと驚く反面、そういえばあれは式神だったと思い出す。

自分は今何と言った?
今、何をした?

『(“会いたい”って…それで…クナイを…)』


“額にあてて、強く念じるように”


それは戻る時に渡された呪符の使用方法。

今の自分の行動は、まさにその通りのものではなかったか?

『(……まさか…)』

背中を冷たい汗が伝う。
もしや何らかの罠でも発動してしまったのだろうかと、五感が勝手に警戒しはじめる。
すでに消えてしまっては手遅れだが、それでも何もないことを誰かに祈った。

冴える意識とは反対に、早鐘を打つように響く自身の心音。
沈黙が恐ろしく長く感じる。

しばらくして、それら全てが鎮まりかけた頃。

『(!!)』

ドサリと、何かが落ちてきた。
目の前の何もない空間から、何もなかった畳の上に。
同時に床に突き刺さるのは、先ほど消えた自分の、白い紐が巻かれたクナイだ。

『……大輔…ちゃん…!?』

散々思った相手の出現に呆けたのも束の間、よく見れば落ちてきた大輔は血まみれで。
慌てて寄って傷をみた。体中の裂傷と右腕の骨折、血を吐いているところをみると体内も傷ついているかもしれない。

『いま、医者を…!』

立ち上がりかけたその時、

「…さ…すけ……か…?」

荒い呼吸の合間に名を呼ばれる。のぞき込んで、その目が焦点を結んでいないことにようやく気付く。

瞬間的にまずいと思った。

『うそだ…』

何かとんでもないことをしたと、それだけははっきりと分かった。
一気に視界は暗くなり、頭の中は真っ白になる。早く医者を呼ばなくてはと思うのに、足がちっとも動かせない。

気ばかり焦るその中で、仰向けに倒れた大輔が左手を伸ばす。否、伸ばしたように見えた。
実際は微かに動いただけで、ほとんど変わってはいないのかもしれないが。

『…大輔ちゃん…?』

それでも呼ばれたような気がして、震える手でその手を掴む。

「…わりぃ…な…今度…、返す…から」

そう言われて、驚くほど強く握り返された。
瞬間、視界はぼやけて、急激な睡魔が押し寄せてくる。

何故と思うより早く、やっぱり敵の忍術だったのだろうかと思う。

『(…もしかして、俺様これで一巻の終わりなの…?)』

情けないし、いくらなんでも格好が悪すぎるんじゃないか。
そんなことをどこかで考えながら、もはや抵抗する手段もない。

どうすることも出来ないまま、ついには意識を手放した。





- 10 -


[*前] | [次#]
ページ:




目次へ
topへ



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -