休養日





一昨日、昨日と変わらない朝。
共同で朝食をつくり、一つの机で向かい合って食べる。

違うのは、食事の後も大輔が部屋に篭もらないことだけ。

『(…なんかちょっと違和感だよねぇ)』

たかだか三日のことなのに、昼間大輔を見るのが不思議に感じる。日差しを浴びる様子がずいぶん見慣れない気がしてしまうのだ。
すぐに慣れるとは思うが。

とりあえず、今日をどうやって使おうかと考える。また外へ行っても構わないのだが、特に見たいところがあるわけではないし、大輔がいるなら別にわざわざ外で暇をつぶす必要もない気はする。
しかしだからといって大輔といて、何をするという事もないわけで。

とりあえず家に居てみているが、別になにもない。
ただお互いがいるというだけだ。

自分の性格から考えると、早くする事を見つけないと暇を持て余してしまうだろう。

と、思ったのだが。

それでも気付けば、結局は何となくそのまま側にいて、何となく過ごしてしまっていた。

『(…本当に不思議な人だよなぁ)』

まったりと落ち着いてしまっている自分が信じられない。昨日までは同じ部屋でも暇で仕方がなかったのに。
大輔がいるだけで、どうしてこうも違うのか。

『…大輔ちゃんてさ、なんか合わないよね』

気付けば半日もそうしていただろうか。
その間に思った感想がつるりとこぼれる。

「何と合わないんだ?」

『この世界と?どっちかっていうと俺様たちよりの生活じゃない』

だってそうだろう。
外を歩く人々とも、外から覗きみた人々とも違う。どこかズレたような暮らしぶりだと思う。
炊事や洗濯といった家事の他にする事といえば、書を読んだり瞑想をしたり、あるいは何か術めいたことをしていたり。
自分の世界の隠者より古めかしい隠遁生活に見える。

いっそ仙人のようなと言ってもいい。

外には溢れるカラクリの類もこの家には逆に目立つくらいにしか置かれていない。
おかげで自分は戸惑わなくて済むのだが。

「…自覚がないとは言わないがな。特に不便はない」

だからそのまま放ってあるらしい。

『あ〜、なんか、らしいわ』

表情一つ変えない大輔。
目線は手にした書物に固定されたまま。

「…買い物でも行くか」

こっちを向かないかと考えたのが、声に出ていたのかと思った。そのくらい丁度よく顔を上げるから変に焦る。

実際は、ただ時計を見ただけだったのだが。

『あ、じゃあ俺様も行く』

立ち上がった大輔を追って腰を上げる。側に立つと、頭一つ分以上上にある顔を見あげることになるのに気付く。

「待ってていいぞ?」

『話し相手になってよ』

それは式神に与えられていない能力で。
話はできるが感情のこもらない目と声は、やはり人ではないものなのだと知らされる。
自分にとってはこの六日間、まともな会話ができる相手は大輔だけだ。

「会話が出来た方が良かったか?」

『全然?いらないよ』

僅かに眉をしかめた大輔に、肩をすくめて笑って見せる。
だって別に話がしたいわけではないのだから。

「?…ならいいが」

『そうそう。気にしない気にしない』

軽く腕を引いて出発する。
連れ立って行った買い出しの間も、そんな他愛のない話を続けた。





* * * * *





『え、大輔ちゃん食べないの?』

調理の途中で突然そんなことを聞かされた。

「わりと強い術だからな。略式だが、潔斎だ」

そういえば買い物の時もたいして買い足さなかった。単にまだ食材が残っているからだと思っていたが。

『なんだ。じゃあ俺様も別に食べなくてよかったのに』

わざわざ自分の分だけ作るのも面倒な気がしてきた。

「佐助の体力は落ちてもらっちゃ困るんだよ」

『やだなー、心配しなくても一日や二日で落ちたりしないって』

言ったところでさらりと流されてしまったが。

『…なら席に座るくらいはしてちょうだいよ』

一人で食べるのも味気ないからと言えば、軽く了承の声が返ってきた。
少し笑われたように聞こえたのは、気のせいだと思っておこう。





* * * * *






風呂から上がると、先に済ませた大輔が皎皎とした月を見上げていた。
障子を開けると、庭の上にある夜空は部屋の中からでもよく見えるようだ。

「佐助も飲むか」

気づいた大輔が振り返って杯を示す。近くには、白い布が巻かれた…恐らくは酒瓶だろうもの。

『なに?それ』

「祓禍食。わかりやすく言えば、酒」

清めてあるらしいから、一般的に言う御神酒のようなものだろうか。

『美味しい?』

「ま、なかなかだ」

それならばと頷けば、大輔も満足そうに口角を上げる。

近くに座ると笑ったまま杯を渡された。
自分の分もすでに用意されていたらしい。

『ご機嫌な大輔ちゃんて初めて見た』

「そうか?」

その返事の調子からして違うのだが。
もしかしてすでに酔っているのだろうか。

注がれた酒に、当たり前のように口をつける。なんの気なく、まるっきり無意識のうちに。

しっかり飲んでしまってから、しまったと気づく。

『…やばいわ、こりゃ』

「あ?」

『俺様ったら平和呆けしちゃったみたい』

苦笑いでもう一口飲む。うっかり自分が忍だということを忘れてしまいそうな穏やかさだ。

『警戒の一つもなしに貰ったもん口にするとか、帰ってやったら命がいくつあっても足りないよ』

まして無意識だったなんて、とてもじゃないが旦那や大将には聞かせられない。

「なら警戒すればいいだろう」

それができれば苦労はしない。
出来ないから困っているのだと、わざとらしくため息を吐いて見せるが、汲んでもらえたのかは定かじゃない。

『ここは居心地がよすぎるね』

冗談めかして言った言葉はまぎれもない本心からだ。
警戒のいらない穏やかさが楽な反面、自分の忍としての矜持を乱されるようで恐ろしい。それが塗り消されてしまっては、冗談では済ませられないのだから。

「そいつは申し訳ねぇな。だが、ここは俺達の守る国だ。氣だけは安定しちまってるのさ」

氣が安定している場所は、基本的に穏やかなのだとか。たとえその中で小さな個人が泣いていたとしても、俯瞰すれば異変は見当たらない世界になっているらしい。

「特に今は奴らの動きも鈍い。嫌でも落ち着くさ」

『“奴ら”?』

二人で同時に杯を傾けつつ、ちらりと大輔の方を見やる。

「俺達と対立する一族だ。この二つの血脈が、陰陽のように世界へ干渉している」

相手が乱し、こちらが治める。もうどれだけの歳月相対してきたものだろうかと、大輔は思考の淵に目を移す。

「今高向は俺の世代の力が強い。歴代でも特にな。だから向こうも迂闊には手出しできない」

『なら今のうちに滅ぼしちゃえば?』

ふっと自分に大輔の視線が戻ってきて、やわらかく苦笑する顔と目があった。

「それは無理だ。滅ぼせば、世界の均衡が狂う」

この世には、どちらの一族も必要なのだと言う。
善悪ではないのだと。

おかしな話だとは思うが、適当に相槌を打って流した。所詮自分とはかけ離れすぎた一族の言葉だ。そうそう理解の及ぶものでもないんだろう。
それよりも、

「…やっぱり大輔ちゃんて強いんだね。ちょっと安心した」

確かに式神は屈指の使い手だと言っていたが、それでも本人の口から聞くと安心する。
無事に帰れそうだし、何よりもこんな能力の持ち主がやたらにいられては大変困る。他国に行かれでもしたらとんでもない障害になってしまう。

「まあな。だが俺がいなくとも大概のことは問題ないから心配するな。佐助を帰すのも俺の代ならわけねぇよ」

自信と、わずかな自慢を混ぜて言った大輔に自分も笑顔で返す。もちろん心配なんてしてやしない。

それよりも、この世界が大輔なしでも回るというのなら、自分の世界に来てほしい。味方にすればこれほど頼りになる男はいないのだから。

それなのに、一緒に甲斐に行こうと、普通ならば軽く言える台詞を言い出しかねた。

それがまずい兆候であることを、自覚できる程度の冷静さはまだ残っている。今のうちにしっかり整理してしまわなくてはならないだろう。

思っていた以上に傾き始めている想い等、この酒で封をしてしまう方が良いに決まっているのだから。





- 8 -


[*前] | [次#]
ページ:




目次へ
topへ



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -