帰還準備二日目(後半)
「………」
『あっ大輔ちゃん!終わったんだ?』
台所の入り口で立ち尽くしている大輔に、しっかりと笑いかける。それにまた驚いたらしく、ぱちりと一つ瞬いた。
相変わらず顔色が最悪だが、気分が悪いとかいったことはないんだろう。
「…なにしてんだ?」
『なにって夕飯の準備に決まってんじゃないの』
他の何に見えるというのか。
そう聞けば、見えないと首を振る。まあ、単に信じられないだけなんだろうけど。
『ほらほら、座ってなって。すぐ持ってくからさ』
背中を押して隣の部屋に座らせながらパチンと片目を閉じてみせる。すでに料理はできているから、あとは配膳するだけなのだ。
料理を運んでいる間中大輔は目を丸くしていたのに(たしかに忍と台所はあわなかったかも知れないけど)、一口食べてさらに驚いていた。
「……美味い」
素直な感想に思わず頬が弛む。
『でしょ?俺様万能だから』
軽口を叩いてみたものの、内心はかなりの上機嫌。根菜尽くしにした甲斐もあるというものだ。
「悪かったな作らせちまって」
『やだな〜このくらい全然わけないってば』
助かるという大輔の湯呑みにお茶を注ぐ。むしろ助けてもらっているのはこちらの方なのに。
黙々と箸を進める相手をちらりと窺う。
心なしか昨日よりも不調そうに見えるのだが。
「…なんだ?」
『ん〜…いやね、大輔ちゃん』
いざ面と向かって聞かれしまうと多少なり言いづらい。
『急いでくれるのは嬉しいんだけどさ?そんなに無茶されちゃうと、流石の俺様も心配かも』
箸をくわえたまま苦く笑う。早く戻りたいのはやまやまだが、なんとなく大輔に倒れてくれとは言いたくない。
普段なら、他人など早くしろと急かすところなのだが。
「そんなに無茶じゃねえよ」
限度はわきまえていると笑っているが、そう見えないから言っているのに。
『…ならいいけどね。今更ちょっとくらい帰るのが延びてもおんなじなんだしさ』
それ以上追求していい雰囲気でもなくて、仕方なくその言葉だけでやめておく。
戦乱の世では僅かな遅れが明暗を分けるかも知れないのだから同じなはずがない。しかしそれはこちらの事情。大輔を急かす理由にはならない。
ましてはじめの三日は自分で無駄にしてしまったのだし。
「甘いな」
そう考えていたのだが、呆れたような馬鹿にしたような顔を向けられた。
「この俺が戻すんだ。佐助が消えた瞬間に戻す」
半端な事はしないのだと。にやりと笑ったその表情は、青ざめているくせにやけに自信に満ちていて。
『え……それ、ほんと?』
「勿論」
疑うというよりは確認したかっただけだが。今更とでもいうのか、何でもなさそうに大輔はさっさと食事を再開している。
…自分でも驚くくらい気が抜けた。
まさか自分が消えただけで武田が滅びるとは思っていなかったが、それでも万一を恐れていたというのに。
いくらか呆けから立ち直り、再度大輔を盗み見る。着々と箸を進める相手にばれないようにため息を一つ。
『…大輔ちゃんてお人好しだよね』
見かけと違って。
そういえば、
「どの単語も微妙に嬉しくないな」
少しだけ眉をしかめて言っていた。
だが否定してこないところをみると自覚はあるらしい。
当然だ。
あちらの世界での時間がかわらないなら、急ぐ必要なんてない。
それでも急いでいるのは、おそらく大輔ではなく自分のため。昨日言っていた通り、気を使ってくれているのだろう。
早く帰りたかろうと。
それで自覚がなかったら大概ゆるすぎる。
ゆるすぎる。
案外甘い男だなのだとわかっている。
単にそういう性分なだけなのだろうと知っているのに。
甘すぎると思いつつ、甘やかされるのが嫌ではない自分がいるから困ってしまうのだ。
この優しさはまずいと感じながら、既に侵されはじめている自分を否定仕切れないかもと思ってしまった。
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