帰還準備二日目(余分)





家に戻り、式神に手伝ってもらいつつ買ってきた物をしまう。それが終わっても日は真上を過ぎたばかりで、昨日と同じなら大輔が出て来るまでまだ当分は時間があくだろう。

『結構疲れるもんだねー、知らない土地ってのはさ』

なんとなく居心地が良くて、相変わらず大輔の部屋に入り浸る。式神も同じように座らせて一人言を聞かせながらくつろいでいた。


『…それにしても、』

ちらっと視線をやれば、刹那もあけずに見返される。いつ命令されてもいいようにずっとこちらを見ているのだろう。
外出した時に試してみたのだが、身体的にも人間離れしたものがあった。


即ち、従順かつ有能ということ。


おまけに見れば見るほど人と区別のつかないのがこの道具。替えがききつつ、使用者の心も痛みにくいときた。
自分たち忍と似ているが、訓練が要らない分式神の方が利があるか?経験を積むかは知らないが、老いがないのは大きいだろう。


正直、こんな相手がいたら生身の自分たちは間違いなく用済みだろう。戦場の兵さえ取って替わられるかもしれないと思う。

…まあ、そんな事が元の世で起きる可能性は無いに等しいが。

少なくともこれが自分で使えたら、間違いなく何かは楽になる。



はずだ。


「式神ねぇ…」

じろじろと遠慮なく観察しながらも、自分の思考に意識が向かう。

『…俺様にも使えないかな』

「使えないことはありませんが、かなり難しいかと思われます」

答えが返ってきた事に驚く。あんまり微動だにしないから、これがしゃべるという事をすっかり忘れていた。

どうやら自分の独り言を質問と勘違いしたらしいが…しかし折角だ。
質問を重ねておこうかと思う。

『どのくらい難しい?』

「高向の一族ではない方なら十年修行を積むと、虫や鳥程度の式神を操ることができます」

基本的に才能に依るところが多いらしいが、五年以内はまず稀だとか。
そんなにかかると本物を訓練した方が早いよなぁ…

『高向はなんで特別なのさ』

「かつて特殊な方法でその血に呪をかけ、力を溶かし、代々受け継がれるようにしたからです」

生まれた後の訓練と生まれる前からの血統のおかげなのか。
ついでに高向の歴史まで聞いてしまった。まさか伝説のように謎に満ちた一族の話をこんな形で知ることになるとは。

『てかそーゆう事は言ってもいいわけ?禁止されてないの?』

はいと一言。
別に秘密の話ではないらしい。確かに血筋では今更手の打ちようがないが、それにしたって大輔は禁止する所を間違えていると思う。

『なら高向一族はどの辺にいる?』

戻ったら武田に誘ってみようか。

「瀬戸内の周りに多く集まっています。また、力の強い者は各国各地の主要都市に散っています」

瀬戸内とは面倒な所に。しかも有能だと単独で行動しているなんて輪をかけて探しづらいではないか。
なんでまたそんな事を。

「都市は歪みができやすく、災厄も集まり易いのです。それらを正し、氣を宥めることを一族は役目であると考えている為、いち早く対処できるように散っています」

ということは、今回の自分のように巻き込まれた人間を助けることもその一環なんだろう。
仕事であると言われ、少なからず残念だと思ってしまったのに気付かなかったふりをする。

『…ところで、大輔ちゃんはどうやって帰すつもりなんだかわかったりする?』

新たな質問をしたのは良かったが、これの答えには正直、参った。専門的な術の話を流れるようにされてしまい、到底自分には理解できない話だということしか判らなかった。

『…悪いんだけど、もう少しわかりやすく頼むよ』

あくまでこちらは(その分野に関しては、だが)一般人なのだから。
そう伝えれば、一つ頷いて再度頭から同じことを喋りはじめた。

「異世界に何かを移動させるには、まず三つの事を術者が知っている必要があります」

頷く。ここまではいい。

「一つは異世界の位置、二つ目は異世界での地点、三つ目が異世界での時点」

ここから既についていけない。そもそも異世界という物からして実はよく理解してはいないのだから。

「我々の呼ぶ世界とは、今主や猿飛様が存在する世界です。異世界とはそれとは別の世界です。猿飛様が初めにおられた世界のように、こちらの世界とは時間の流れ方や過去未来が異なります」

『うん』

「この二つは書物のように重なり合っていて、それらの世界に行くには、まず対象の世界がどこに在るかを知らねばなりません。ページを捲る度に、違った世界が存在するからです」


…その後も首をかしげ続ける自分に、式神は呆れた顔一つ見せず根気よく全ての質問に丁寧に返答するのだ。
役目とはいえ舌を巻くようなその対応に、先ほどの考えを一部改める。

『(こりゃあ…人より人に見えそうだ)』

普通の者ならば情が移るだろう事は明らか。大輔がこれに名前を付けたがらないのも頷けるというものだ。


『…なんだか大層な話だけどさ』

散々説明をさせてある程度理解できたはいいが、結局自分にとってぴんとくる話ではない、というのが本音だ。

『本当に大丈夫なのかねぇ?』

「主がなさると言えば絶対です」

全く当然の事実であると言うように言い切られた。
その言葉に昨夜の真っ青な顔を思い出し、確かに不思議と帰れないかもしれないとは思えない。

『そういえば、大輔ちゃんは平気なの?かなり顔色とか悪かったけど』

本人は何でもないと言っていたし、確かに今朝はもう治ってもいたが、はっきり言って信じがたい。
それくらいには酷い様子だった。

「本来ならば数人で日数をかけて行う術ですので、今回の主の負担は知れません」

術を使うと動いた時と同じように消耗するらしい。高度なものになる程精神や体力なども削られていき、使いすぎれば寿命も減る。最悪は命も落とし兼ねないのだとか。

「主ならばお一人でも術を行うことは可能でしょう。ですが、その時の消耗度合いまでは私にはわかりません」

だから、正確に大丈夫かどうかを言い切れないと目の前に座る‘人’は言う。
あくまで無表情なそれを凝視したまま絶句した。思わず阿呆かと叫びそうになったが、なぜだか声は喉に詰まってしまう。

たまたま会った他人の為に命を縮めるなんて、まるで正気の沙汰ではない。

そう驚いて、目を見開いた。

そう驚いたのだと、心の中で正面の式神に念を押す。




決して同時によぎった暗い愉悦のせいなどではないのだと、自分自身にも教えながら。





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