帰還準備二日目(前半)





ようやく教えられた家のことやカラクリの使い方。一度で粗方の説明を飲み込んだ自分はやはり優秀だと満足する。

そして迎えた二日目の朝、与えられた指示は変わらない。

好きにしていろ、ただそれだけ。

何処にいても何をしていてもかまわないと言う。
とはいえ、家の中の確認は昨日のうちに終わっているし、何もないことを自分は既に知ってしまっている。このままなら暇になることは間違いない。
さすがにそれは御免被りたいと食後の茶を啜りつつ、向かいにいる相手に聞いてみた。

『どうせだからさ、ちょっと外に出てみたいんだよね』

この家を離れた三日間、眺めるだけは眺めた風景。ここまで来たら自分の身体で触れておきたい。

「外か…」

共同で作った朝食を口に運びつつ、思案するように大輔の動きが止まる。
ちらりと窺うように見上げるが、機嫌を損ねたわけではなさそうだ。

『やっぱり大人しくしてる方がいい?』

「いや‥かまわないんだが、規則がわからないと不便だろ」

初めの三日間隠れて過ごしのはバレているようだ。(想像なんだろうけど)

「俺が案内してやると準備が進まないからな…」

今日もあの部屋に籠もるつもりらしい。また暗くなるまでいるのだろうか?
律儀と言うかなんと言うか…。外見に似合わず、大輔は意外にも人がいいとの認識が自分の中で固まりつつある。

「…式をつけるか」

最後の一口を咀嚼しながら、大輔は一人で納得する。
そうして言ったのが上の言葉。

『しき?』

「式神だな。生き物のようで生き物ではなく、命を持たずに動く」

パチンと机に箸を置き、食事を終える。その指が軽く宙を滑る度に、机の隣りには次々と動物が出現していく。
自分の目にはまるきり生きているようにしか見えないが、まさか生き物でないとは。
しかし本当なのかと疑う前に大輔は先を続けている。

「これの人型を付けるから、こちらのことを聞くといい」

大輔が切るように手を払えば、それだけで動いていた動物たちはあっさりと消えてしまう。

『…すごいね。俺様ちょっと自信なくしそう』

忍術とは違うが、似たような事をこうまで軽々とされては素直に感心するしかない。
そういえば大輔には動けなくされた覚えもあると思い出して、こっそりと息を吐いた。





食器を片付けた後、大輔は例の式神を造り始める。

「何か貸してくれ」

昨日と同じことを言われたから、昨日と同じようにクナイを渡す。
それにくるりと白い紐を結びつけると、なにやらブツブツと口の中で唱えている。まじないなのか、なんて考えている内に、クナイのあった所には人が立っていて。

…まったく、まばたきをする暇もないね。

「俺の式だからこっちのことは知っているし、元はクナイだからあちらの話も通じる」

『それって至れり尽くせりじゃない?ていうか大輔ちゃんて本当、便利』

勿論良い意味で。頼りになると言っても、ただ穏やかに笑うだけ。

『うちの軍に来てほしいくらいだよ』

「俺が居なけりゃ誰が佐助みたいのを帰すんだ」

『あー、それもそーだよね』

笑顔を作ってはみたがちょっと本気で言っただけに、少しがっかりもした。居てくれたら確実に自分の仕事は減ると思うのに。

「呼べば出るし戻れと言えば戻る」

質問には答えるし、多少の先導もするという。但し冗談の類は通じないし、終始無表情なままで感情らしいものはないのだとか。

「話し相手には物足りないかもしれないが」

『あらら、そりゃ残念』

そうは言ったがそんなことは不便でもなんでもない。だからそのまま気にならないと伝えれば、それなら良いと大輔はまた部屋にこもってしまった。





残された式神と二人、とりあえず話しかけてみる。

『…えーと、式神サン?』

「はい」

ぴたりと合う目は穏やかで、確かに意思があるように見えるのだが。

『俺様外に出たいんだけどどうしたらいい?』

試しにしっかり笑いかけてみたがまったく反応はない。

「それではまず、服を改めましょう。用意してまいりますので、少々お待ちください」

フッと消え、しばらくすると戻ってくる。もちろん手にはこちらの着物らしき布を持って。

『…大輔ちゃん以外にもここに住んでるの?』

着せてもらった服はどう考えても大輔が着るには小さすぎる。

「今は主お一人ですが、稀にこの家に泊まってゆかれる一族の方はいらっしゃいます」

他の質問をしてみても、同じように淡々と答えが返ってきた。味気ないと言えば味気ないが、常に明解な分、悪くない感覚でもある。

『名前とかないの?』

外の規則を教わりながら、目的もなくぶらぶらと歩いて話をする。

「私に名前はありません」

『勝手に決めて呼んだらまずい?』

「申し訳ありません。それは主によって禁止されています」

大輔が駄目だと決めているなら敢えて無理を通す気はない。それ程必要なことではないし。
それにしても不思議なことを禁止するものだとは思ったが。

財布も預かっているらしく、買い物や食事もすすめられたが、いまいち気が乗らない。
それよりも夕飯の材料でも買って帰ろうかと思いつく。

この式神がいれば、自分だけでもあの変わった調理場の使い方がわかるし、おそらくは先に夕飯を作っておくことも可能だろう。大輔の手間は減るし自分は安心だしでまさに良いこと尽くめじゃないかと思う。

そうと決まれば、せっかくなら家主の好みを尊重しようではないか。

『大輔ちゃんて好き嫌いあんの?』

「…根菜類がお好きで、嫌いなものは特にない、ようです」

『?』

さっきまでと違い、珍しく歯切れが悪い。目を合わせても、少し困ったように首をかしげていた。
まあ、表情自体は変わらないわけだが。

「今一つ積載情報の応答が曖昧です。主はあまりに食に関心をお持ちではないのではないかと考えられます」

『…ふぅん?ま、いいけど』

面白い反応だと思う。
食材を選びながら、もう一度(珍しいだろう)困っている式神を眺めておいた。


とりあえず、聞いたこともないような食べ物を言われなくて良かったと、少しだけほっとした。





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