白玉椿





真白い花が咲いていた。
きっかけはだだ其れだけの事。





普段と同じように城下を歩き、ぐるりと一周して戻る道程。
前を歩く大輔は速くもなく遅くもなく。後ろを歩く謙信も一定の近さでそれに続く。
いつもとなんら変わらない散歩道。

それがいつもと変わったのは、道の脇に白い椿が見えてからだ。


「うつくしいですね」


ちらりと動いた大輔の視線を追って、謙信もゆるりと目を向ける。
緑の葉の間に点々と丸い花が咲くそれは、確かに冬の風雅な光景だった。


「あれは少し景虎に似ているぞ」

「え?」

「あの白さがお前に似ている」


未だ傷一つない盛りの花はどこまでも白く透けんばかり。
謙信の絹糸のような髪の合間を縫って項に触れながら、形だけではないぞと大輔は言う。

たった今自分が綺麗だと誉めたものに喩えられ、思わず目元を染めた謙信を大輔はまじまじと見て笑った。


「俺に惚れたか」


何とはなくその場に足を留めたまま、今暫く椿を眺めながら。
上から降ってきたその声に一瞬謙信の動きが止まる。


「……そのようなことは、」

「威に中てられただけでなく、心の内まで染まるとはな」


顔を上げた謙信を見下ろしたのは先程と変わらない、だがどこか冷たさを内包して笑う大輔。
表面がいまだ優しく見える分、その違和感が心を幽かにざわつかせる。


「想定外だが……俺もお前のことは気に入っているんだ」


だから選択肢を与えてやると言って大輔は謙信の滑らかな頬を撫でた。


「主上が天の玉座にお戻りになる時、勿論俺はそれに付き従う」

「…それは、わたくしもしっています」


今更言われるまでもなく、謙信を傍に置くことになった時に既に聞かされていた事である。
忌まわしい敗戦の記憶とともに刷り込まれた台詞を忘れられるはずもない。
この不自然な関係の続く期間は未定だが、終わる事だけは確かに決まっているのだ。


「その時の景虎の選べる道を与えてやる、と言っている」

「みち……?」

「そう。普通ならば与えてなどやらないが」


特別だとゆるゆると大輔の手が動く。指の背が何度か頬を上下し、謙信の髪を一房絡めて離れていった。


「一つは人として生きる事」


消える大輔達とは関係が切れ、従前通りに下界で生きる。他の者達は例外なくこれが適用され、下天の人々はまた戦乱の世を作るだろう。


「二つ目は俺と共に天界へ行く」

「てんかいへ…」

「だが、神に背を向ける覚悟をしろよ。俺は天の理から外れた者だ」


小賢しい帝釈天の配下を堕とすのも悪くはないと言う顔は、確かに外道のそれである。
共に行けばいつか自分もこうなるのかと思えば、信仰の深い謙信には躊躇われた。


「…では、みっつめは…?」


促されたように謙信が尋ねたその問を待っていたのだと言わんばかりに。
うっそりと笑った大輔は、何も言わず、ただ徐に椿の花に手を伸ばす。

垣根から取ったその小枝を指先で軽く弄んでは興味深げに眺めながら。


「俺に殺してくれと言う事だ」

「…、なにをいって…」

「俺と離れて生きる事もなく、神に背く訳でもない」


魂魄は丸めて玉にして、自身を飾るものにしてやろうかと愉しげに話す。
それは確かに、謙信の望みに適った結末の一つかもしれないと思わず謙信も是と言いかけて、またすぐにそれを否定した。

しかし一度生まれた思いがそう簡単に消せる訳もなく。
その戸惑いを見透かすような大輔に見据えられ、他にしようもなくて俯いた。


「主上がお帰りになる時までに、選んでおけよ」


手の中の椿を戯れに謙信の髪に挿す。
そのまま踵を返して歩き始めた大輔の後ろを、頼り無げな面持ちのまま謙信もまた続いて行った。





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