帰還準備一日目
――佐助視点―→
深夜の内に、はじめにいた場所を確認された。
どこに落ちたのかと聞かれて思い出してはみたけれど、意識した状態で動き回った覚えはない。
…ていうか、最初から動けなかった気がするんだけど。
だからそのままそう言ったら
「…それもそうか」
って…じゃあ聞かないでよ。自分で罠仕掛けといて罠の種類忘れるとかあり得ないんじゃないの。
「佐助」
翌朝、そんなことを思い出しながらいると、襖の向こうから呼ばれた。さっきまで違う部屋で水浴びをしていたと思ったんだけど。
『…あれ?』
入ってきたのは上下とも白の袴姿の大輔ちゃん。
『今日は昨日みたいな格好じゃないんだ?』
「わりと大掛かりな術になるからな。本装束にした」
『ふ〜ん?』
本当の格好って言うだけあって確かによく似合ってる。あんまり着なれすぎてて、本当にここが異世界なのかと思ったくらい。
だから一瞬、一瞬だけ何もかも嘘なんじゃないかと疑っちまった。
「それより」
ま、すぐに考え直したけどね。
「何でもいいから向こうの物貸してくれ」
『いいけど…何に使うのさ?』
元いた世界を探すらしい。ちょっとよく分からない説明もされたけど、とりあえず害意はなさそうだった。
「何日か無くても困らないやつな」
『はいはい。これでいい?怪我しないでよ?』
まさかしないとは思うが。そう思いながらクナイを一本渡した。
別にこの人が怪我したっていいんだけどさ。心配するのが癖になってきてるみたい。
『他には?なんかすることある?』
「いや、特にはない」
ただ自分が籠もっている間部屋には近づくなとだけ注意をされて、さっさと部屋から出されてしまった。
今すぐに聞きたい事なんて特にはないけど、これでは聞きたくなっても聞けないんじゃないかと思う。
『…俺様はほったらかしってわけ?』
なんかすっごい素っ気ない人だね大輔ちゃんて。勿論今の声にも返事なんかくる気配もないし。
特別他意はないんだろうけどね。
楽でいいんだけど、さ。
暇つぶしに家の中でも確認しておこうかととりあえず歩き出す。
武田の城ほど広くはないはずなのに、なんだか恐ろしく広く思える家だった。大きさ自体は普通の屋敷で、城とは比較にならないはずなのに。
ガランとのびる廊下。
開け放たれた各部屋々々。
そしてふと気付く。
この屋敷は何も内包していない。まるで無人の牢獄のようだ。
日がなうるさい武田はおろか、どんな屋敷だって比較にならない。深い森の奥でさえもっと気配があるものだ。
こんな空洞に好きこのんで住んでいるなんて、大輔はよっぽどの変わり者か嫌われ者に違いないと、そこまで考えてふと思考が止まる。
やっと生活感のありそうな部屋が視界に入ったから。
ほって置かれるんだから好きにしていいんだろう。
と思うことにして、遠慮なく襖を開く。部屋の中は開けられた障子のせいか、やけに明るい気がした。
いくらか得体の知れない道具やカラクリは目に付くものの、普通にこざっぱりした部屋だ。
どうやら大輔の部屋らしいけど、ここまでがらんどうでなかった事に不覚にも少し安心してしまった。
本当に危険性がないか調べるために、と始めた捜索も、既に興味本位になりつつある。
箪笥の着物を珍しがったり、カラクリを適当にいじって見たり。
それにしたって半日もすれば流石に飽きた。することもなくて寝転んでいる訳なんだけど、そろそろ真面目に食料について考えないとまずいかもしれない。
近くには山もなければ川もないし、挙げ句畑の欠片も見当たらないときた。
どうせなら昨日ここに来る前に調達しておけばよかったと今ごろになって後悔する。
この家にあるものなんて危なすぎるから御免だけども、手持ちの水筒だけだと限度がある。
でも、ま。体力にはまだまだ余裕があるから、今から遠くの山まで出掛けて行くのは正直面倒くさいワケで。
そんなことをぐるぐる考えていたら、あっという間に日は西に傾いていて。
そういえば今朝大輔と別れてから結構な時間が経ったと気づく。
まだやっているのだろうかと見に来て見れば、襖の向こうから声がしている。呪文なのか途切れ途切れに拾う音は、さっぱり意味が分からないものばかり。
見てはみたかったが例の結界のせいで上から覗くことも出来なかった。
朝からかなり経っていたし、流石にもう出てくるだろうとそこに座ったのが甘かった。結局寄りかかっていた襖が開いたのはそれから更に経ってすっかり辺りが暗くなりきった頃。
「…暇なのか?」
『……まぁね』
ちょっと待ち疲れたとはなんとなく悔しいから言わないでおく。
まだ不思議そうに見下ろしてくれる大輔に何か一言いってやろう。そう思って顔を上げたのに、出かけていた台詞は喉で詰まった。
『…って大輔ちゃん?顔、真っ青に見えるんだけど…』
「だろうな」
ああ、と普通に返って来る声にも多少の疲れがにじんでいる気がする。
『だろうなって、大丈夫なの?』
「俺は限界を見誤るほど馬鹿じゃねぇ」
気に障ったのか少し眉をしかめてる。
いやいやそこじゃないし。
呆れた。初めからそんなに飛ばしても良いことなんかないだろうに。
『わざわざそんな無茶しない方がいいんじゃないの?それとも陰陽道って一度がそんなに大変なわけ?』
毎回苦行のように籠もらないと術とやらは使えないものなのか。
そう言えば、本気で呆れた(というより馬鹿にされた)ような顔をされる。
「別にそんな事もねぇけど、お前早く帰りたいだろうが」
当たり前のように返されて、一瞬素で驚いてしまった。
無駄に無理するなんて馬鹿だと思ったんだけど。
「…そういえば、飯とか便所の使い方とか大丈夫だったか」
思い出したように聞かれて、やっと現実に戻ってこれる。
『それさ…今更すぎない?大輔ちゃん…』
悪いと苦笑する大輔が、ほんのわずか自分の主とだぶって見えてしまった。
おかげでこっちまでつられて苦笑いだよ。
「俺と同じもので良ければ作ってやるが…」
本来なら忍として断るところを、思わず頷いてしまったじゃないの。
『じゃ、ついでに頼んじゃおうかな』
なんて。
だって、異質な自分の為にいらない無理をするような相手なのだ。
素っ気ないというよりは、どうやら素直で正直なだけらしい男が作るものならば、食べてもいいかと思ってしまったからさ。
『俺様も手伝うよ?』
大抵の毒は効かないし、調理中の監視もすればいいだろうと後から自分に言い訳なんかしちゃったけどね。
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