アガパンサス





「ほら」


差し出されたマイク。それの意味をはかりかねて固まると、もう一度マイクを示して言う。


「それ、壊れてるんだろ?」


早くしないと間に合わないぞと小声でささやいて、パッと二つを入れ換える。


「トリ、頑張れよ」


手の中には音の出る(だろう)マイク。
司会に呼ばれメンバーに引っ張られ、お礼の言葉もそこそこに席を立つ。

離れてステージで歌う間中、ずっとその人のことが頭から離れなかった。





* * * * *






「いやぁ、恋だねぇ」


「でしょ!?」


本番前の楽屋裏、ここのところずっと前田の旦那とこんな話ばかりしている。
話題はもちろんあの時マイクを交換してくれた、かの有名な俳優さん。

初めての生放送での初めてのアクシデント。しかもよりによって歌う直前に音が出なくなるもんだから、はっきり言って結構なパニック状態で。

正直、ちょっと泣きそうだったのだ。


「うぁーもー高向さん…格好よすぎだよー…」


テーブルに突っ伏してぐだぐだぐだぐだ転がりまくり唸りまくり。
だってまさかのあのタイミング、あの気遣い。

今まで数多いるその他の芸能人と貴方を同列に見ていてごめんなさい。もういっそ何日か前の自分を張り倒して連れてきて一緒に土下座させたいくらいです。


「しっかし、佐助って案外惚れっぽかったんだなぁ!」


「ちがうし!世界中の誰だろうとあの時の俺様と同じ立場だったら高向さんのこと好きになってたって!」


だからあの時マイクが壊れたのが俺様で良かった!……じゃなくて、俺様惚れっぽくなんかないもんね。

だいたい、あの時マイクが壊れてたことに気づいてくれたの、高向さんだけだったんだから。メンバーのほうが近くにいたのにさ。


だからそれだけ高向さんは優しい人なの!




なんて。ま、そんなこと、俺様以外の誰もわかってくれないほうがいいんだけど。





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