ik → ov ?【学パロ幸村】
『…できたでござるっ!』
たった二人しかいない教室。
そこに響く晴れやかな自分の声。
座る席は中央の列の一番前。
教卓には手を伸ばした方が早いけれど、立たないと気が済まないのだ。
その律儀さが自分らしいなんて思われていることは、さすがに知らなかったけれど。
「…………」
『…………』
渡したプリントの、書かれた文字を大輔先生の目がなぞっていく。
わずかに流れる沈黙に、ほんの少しの緊張して息が詰まった。
「…正解。ちゃんと出来るじゃないか」
『!!』
最後まで丁寧に確認し終えた大輔先生が、そう言ってふっと笑った。
いつもは厳しく感じる雰囲気も、たったそれだけのことで簡単に薄れて。
プリントから上げられたその視線が、自分に向けられたと思うだけで、なんとなく嬉しい。
どうして嬉しいかなんて理由がわからないことも、今は些細な問題でしかなく。
「たまには特別授業もいいな」
一対一も珍しくて面白いと。
笑顔のままで告げられたのは、からかい混じりの穏やかな声。
この学校で、大輔先生の教える化学はほとんど補習授業がない。
他の教科と違い、あの元親殿でさえ、嫌われまいと必死に勉強をするからだ。
しかしその先生に、学年で初めて自分は補習授業をさせてしまったけれど。
「毎授業ごとにテストをしようか」
だがそうしたら、お前、部活ができなくなってしまうなと更に笑われた。
笑いながら返されたプリント。
それに書かれた赤丸。
自分だけに割かれた時間と軽口と。
その分だけ、貴方に近づけたと思うのは、まったく見当違いなのだとわかっているけど。
「頑張ったな」
その声の暖かさに、ほんの少しだけ、毎日テストでもいいかと思ってしまった。
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