明智征伐3





信長を乗せた式神が見えなくなって暫く。
あれほど猛っていた本能寺の火勢も徐々に落ち始めた頃。

「主」

左手の森から一陣の風が大輔の足下に吹き留まる。

「明智を発見、術式にて捕縛いたしました」

報告する綾杉の声も、僅かばかり息が乱れていた。それだけ急いだのだろうと思えば、言葉を聞くより早く大輔の方でも安心できる。この部下が急いだ分だけこちらの被害は減るのだから。

『良くやった』

万事滞りなくとは行かなかったが、損害が寺の倒壊と少しの将兵だけであれば、まずまずと手を打てないこともない。

何故なら、ほんの一握りの者たちの間では、首謀者の明智は初めから裏切る事が予定されていたのだ。むしろ、織田軍に入った時から決まっていた未来と言ってもいい。だから明智が軍から消えること自体は惜しくもない。
ただそれが予想外に早かったというだけである。

勿論、その早さが大輔らにとって許し難いものであることに違いは無いのだが。

『ご苦労だがもう一働き頼む』

綾杉には労いと共に濃姫と蘭丸を探し、信長の無事と既に帰城した旨を伝えるように命じる。でなくば彼女らは何時までもここで居ない信長を探すだろう。
信長は既に避難したとは言え、織田の主軍は未だこの地に残っているのだ。城に一刻でも早く戦力を戻さなくては、今度は守りが手薄になる。

『その後はお前もそのまま戻れ。これまで通り俺の屋敷を頼む』

当然その中には家守と共に上杉主従のことも含まれている。彼らは未だ諸国に強い影響力があると考えて良い。だからこそ、滅多にあるとは思えないとしても、安否を含め周囲の警戒をしておく必要があるのだ。

「確かに、承りました」

その言われなかった部分も合わせて汲んだ綾杉が、幾分かほっとした表情で頷く。
主の表情が微かだが緩んだことが、綾杉にとっては何よりの幸い。本音は信長の安否よりも大輔の機嫌。己の主さえ満足していれば、それで綾杉の世界は平穏でいられるのだから。

ともかく、今回の波も無事にやり過ごすことが出来たらしいとお互いに胸を撫で下ろす。

余裕の出た綾杉が闇に消えたのを確認し、今度こそ大輔も石畳の敷かれた道を進み始めた。










綾杉のつけた香を頼りに進んだ先。茂みの手前に瞭然と転がっている塊があった。
銀の長髪で顔は見えないが、その髪こそが男を明智光秀であると告げている。身じろぎすらしないその武将は、紛うことなく今回の騒動の張本人。

「やはり大輔ですか…フフ、この奇妙な技、そうだと思っていましたよ」

大輔が近づくと、その足音に向けて声を出す。相変わらず開けているのか分からない目を向けて笑う光秀は、まだまだ余裕があるらしい。

「信長公はどこです?あなたも良いですが、今日は信長公と決めているのですから」

怯えて泣き喚けば少しは胸もすくというのに、このいかれた男はそういった感情とは無縁である。
それにまた不快を感じながら、大輔は転がった相手の側で止まる。どうせ指一歩動かせないのだから危険があるわけもない。

『主上は帰城なされた。今回の事態には興味をお持ちでないからな』

自分が城まで送ったと言えば、わずかに眉を顰める。

『貴様の刃が主上に届くなどと本気で思っていたのか』

「…………」

『出来るのは、せいぜい主上の木を燃やすだけだ』

寺と駒、それ以上の物を消させはしないと、見下す目が嘲笑う。

「…今すぐこれを解きなさい…早く信長公を追わなくては…」

『無駄だ。今頃主上は湯浴みでもなさっているだろうよ』

心中は互いに怒りが渦を巻いているとはいえ、今やはっきりと刻まれた眉間の皺に、僅かばかり大輔の気は紛れる。

「退け!」

『俺にとっては、下天の者が御物を壊すも許し難いのさ』

いずれどれかは壊すとは言え。
信長が第六天へと昇る時、その儀式の中で人の身は捨てなければならない。それも、大量の薪と梯子の役を持つ建物物ごと燃やす事が必須。
その火付けの大役が本来なら光秀だったはずなのだ。

『初めから、貴様には過ぎた栄誉だと思っていた』

今このように、機さえ読めない愚者なのだから。今はまだその時ではないというのに。

『安心しろ。俺が役目を果たしてみせるさ』

元々、可能ならば大輔自身がやりたいと望んでいた役だ。その意味では、今回の事は喜ばしいのかもしれない。

「わけのわからない事を…消えてください。私は信長公を殺さなくては」

『…貴様には恐怖も苦痛もやらねえ』

勿体ないと。
まして信長の命をくれてやれる筈もなく。
此処で人知れず死ねば良いと、大輔は光秀に向けて手をかざす。

『眠れ』

光秀は自分が死んだ事さえ知らないまま、地獄の端にでも落ちるだろう。










『…っ…!!』

横たわった光秀の首を落とした瞬間、突如として辺りが暗くなる。

斬った明智の顔も、森の木も、額に当てた手の影さえ見えないのだ。先見の力さえ感じられなかった。

周囲が変わったのでも、何かの術をかけられたのでもないと確かめた後、ようやく原因に思い当たる。
今回の騒動では、決まりかけていた未来を強引に覆した。恐らくはそれのせいだろう。

これが未来を曲げた代償かと思えば、安いものだという気もする。
しかし、信長に次の危機が来るとしたら、それを乗り切る事は難しくなったとも言えるだろう。

唯一の救いは天眼以外の力は残っているらしいということ。信長を乗せて飛ぶ式が落ちなかった事だけは大輔を安堵させた。

「…大事ではない」

焦る自身に言い聞かせるようにゆっくりとそう呟いて、大輔は立ち上がる。
先見がなくとも術があれば戦には勝てるだろう。豊臣包囲の為の下準備はまだ終わってはいない。たかが西国の全てですら未だ献じ終えていないのだ。こんな場所で止まっている暇はない。


そう決めて、見えない両目をしっかりと開けた。
次は四国であると目標を再確認し、息を吐いて呪印を切る。

現れた青い大鳥に乗り、大輔は二度目の中国へと進路をとった。





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