甲斐偵察4





「どうだ。見事な城攻めだろう」

戦場を一望できる位置に陣取り、満足そうに高向は頷く。

「この速攻には一見の価値がある」

青い軍衣の伊達軍が、津波のように小田原城に襲いかかる。腰が引け、半分逃げかかった状態の北条軍は、ただその勢いに呑まれるのみでしかない。

一際目立つ巨大門、おそらくはあれが北条氏政自慢の栄光門だろう。そのあたりで先ほどからしきりに雷の閃光が飛んでいるから、伊達政宗かその右目が戦っているのかもしれない。

その間に大将が先頭で開いた道を兵士たちが門に取り付き、敵を除き、せっせと後続隊を通す道を確保していく。

確かに統率のとれた良い動きだ。兵士の一人一人が動く速さも小気味良い。

「巨大門の風魔が退いたら、この城は陥落したと言って良いだろうな」

再度空にのびた光を眺めながら、隣に立つ高向が言う。かの北条も堕ちたものだと冷徹に切り捨てた。

『…風魔?あそこにいるわけ?』

「いる。二対一だが分は悪くない」

北条氏政が傭兵を集めていたのは知っていたが、まさかあの風魔小太郎まで雇っていたとは驚いた。かの伝説の忍は、どれほど積まれてこの泥船に乗ったのか。

『風魔の旦那も大変だねぇ…』

「上ががめついと、優秀すぎるのも考えもんだな」

忍は里が絶対と言えば絶対だ。いくら個人が優れても、抜けでもしないかぎりその制約は外れない。
胸にほんの少しの憐れみが湧く頃、ずんと重い音がする。

「開いた」

どうやら最後の砦もなくなり、栄光門が伊達軍によって開け放たれたらしい。
そうなれば残すところは氏政の首のみ。
伝説の忍相手にいくらか時間はかかったものの、結局伊達軍は一時もかけずに城を落とした。

『こりゃあ…大将に知らせないと』

さすがにこれは一大事だろう。今回北条が敗れた事により、武田は東と南を伊達に囲まれたことになる。北は上杉に代わって既に織田がいて、残った西は徳川が。しかしこの徳川は織田、伊達の両軍と同盟を結んでいて、今は織田に従うところが強い。

結局武田は北西を織田、東南を伊達に接し、しかもその二国は徳川が間に入れば明日にも手を結ぶかもしれない。武田は今や一大勢力に囲まれかけているのだ。

『…にしても、独眼竜はいつの間に支度をしてたんだよ?』

返す返すもそればかりが恨めしい。今回の戦を事前に見逃したのはかなりの痛手だった。実際大目玉で済むどころの話じゃない。

正直、この怪しい男に従っていなければさらに後手にまわるところだ。結果的には付いてきて正解だったのだろう。

「伊達は常に軍備を整え続けている」

隣の高向がいまだに制圧が進む小田原城を眺めながらさらりと言う。奥州では毎回の税の徴収や職業兵士への対応、その他諸々、奥州の国の制度は全て、主眼が戦に据えられている。だからこそ戦の規模によってはあらためて軍備など整え直さないと言う。

「それが他国に目立たないのは、上に立つ指導者が民に負担がかからない程度に調整しているからだ」

何もかも見透かして話す口振りには少しの仮定や予測もなく、はっきりとした断定が続く。織田領より武田の方が伊達領には近いはずなのに、どうして織田のこの男が自分も知らないような詳しい情報を掴んでいるのか。

「伊達は今後も勢力を伸ばしたがるだろうな」

既に織田が東にもかなり手を伸ばしてきている。若い竜が大人しく見ているとは思えない。

「面倒なことだ」

『…俺様はアンタの方が面倒だと思うけどね』

正直、伊達よりよほど気味が悪い。
真っ向から見ても戦闘力が高く、指揮・統率もでき、諜報も巧みとなれば厄介以外のなにものでもない。特に諜報は自分の十八番。それを上回る相手では警戒しないわけにいかない。
しかもなんだかそれ以外の何かもあるような気がして仕方ないのだ。

『アンタどこまで知ってんの?』

「さあ、な…だが」

高向はくるりと向き直り、つり上がった目を細める。久しぶりに真っ正面から男を見た気がする。

「同行の礼に、武田にも情報を分けてやろう」

『は…?』

「直に最北で一揆が起きる。伊達はそれに手をとられるから、しばらくは猶予ができる。武田はその間に出方を決めることだ」

にやりと口の端を上げて笑う。思わずその顔を、馬鹿みたいにまじまじと見上げていた。

『…な、んでそんなこと…』

「…その話、俺にも聞かせてもらおうか」

『!?』

後ろの茂みから地を這うような低い声が場に届く。目の前の男に気をとられるすぎて気づけなかった。
反射的に振り向いた視界にいたのは

『…片倉小十郎!』

「ついでにテメェの正体もだ」

とっさに距離を置いてみれば、片倉は城攻めの途中で来たのか手にある刀は抜き身のままだ。

「独眼竜を放って来たのか」

寄せられる殺気を気にした様子もなく、平然と高向は笑い続ける。片倉が現れたことすら驚いていないようだ。

「政宗様が知る前に厄介事を消しておくのも俺の仕事なんでな」

傍目だからいいが、強面二人が穏やかを装って話す様は薄ら寒い。
片倉の方は物騒な雰囲気を隠しもしないからなお剣呑だ。

「なるほど?右目もなかなか大変そうだ」

「なら、さっさと喋っちまいな。そうすりゃ少しは手間が省ける」

「そうは言っても、なあ?」

ちらりと自分に視線を流す。そこでこっちに振られても困る。
ほら、竜の右目が自分まで睨んできたではないか。

「俺の言った事は言葉通りだ。一揆は起きるし、伊達はそこで時間を割く」

「知ってるみてえな言い方じゃねぇか」

「知っているのさ。俺はな」

高向は自身の正当性を疑ってもいないらしい。実際その雰囲気に気負いはなく、まるで当然のようにありえない話を片倉に告げる。
普通ならば俺でも怒る。

『あのさ右目の旦那。この人の耳目は特別製らしくてね』

しかし事実、この男は誰も敵わないような情報網を持ち、嫌になるくらいに言い当てる。おまけにこいつは得体の知れない何かがある。簡単には聞き流せないのだ。

『素直に聞いた方がいいかもよ?』

首をすくめて見せれば、欠片も信じていなそうな顔がこちらを向く。

「真田の忍…そいつも武田なのか?」

『まさか。でも、それ以上は言えないね』

俺だってまた捕まるのはごめんだ。
見なくても隣からぞくりとするような気配がある。ばらそうとすれば、きっとそこで自分の意識は途切れる気がする。
下手すれば命が危うくなりそうだ。

「胡散臭せえ野郎だ…逃がさねぇぜ」

だが返答にじれたのか、片倉が下げていた刀を握り直した。さすがに簡単には見逃してくれないらしい。
自分もわずかに体勢を変えて構える。

だが、

「俺にはそんな暇ねえんだ。もう行くさ」

「…!?」

だが片倉がそれ以上動くことはなく、悠々と高向は背を向ける。

「いいか、俺は確かにこの世にいる。自分の主が大切なら、万事慎重になるよう注意してやることだ」

言いながら手招かれて、足が勝手に寄っていく。
自分とは反対に動けないらしい片倉に向けて、さらに高向は続けた。

「俺の主に逆らってみろ。今度は動けないだけじゃ済まさねえぜ」

「!!」

思わず息を飲む。これは自分にも言われていることなんだろう。
同じように強張った片倉から視線を外し、高向はひょいと俺の腕を掴む。

「武田領まで送ってやるよ」

こっそりとした高向の声を聞いた瞬間、気付けば景色が一変し、あっという間に空にいた。

ほんの刹那であの片倉を置き去りにして、自分たちは既に帰路の途中にあるらしい。





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