認知
はじめに、猿飛に使った術と呪の説明。
そしてこの世界の話。なぜ猿飛がこちらに来てしまったのかということも、大まかにではあるが教えておいた。
『わかったか、とは聞かないぞ。信じられねぇって顔してるしな』
「…まぁね。アンタ頭おかしいんじゃないの」
見せた術のことはともかく、後半の話は信じる気もないようだ。
当然だろう。むしろ異世界に飛ばされただなんて言われて、すぐに信じる奴はどうかしている。
それに、別に今すぐ信じてもらう必要もない。
『で、今からこの結界を解く』
俺は説明さえ聞かせてしまえば用はないのだ。ただこの男が情報を持っていれば良い。見たところ、こちらの世界に影響を与える程の禍にもならなそうだからな。
まあ、今も無表情にこちらを睨みつけているこの男にとっては、災難でしかない体験になるのかもしれないが。
『どこにでも行けよ……だが、帰りたいならここに戻って来るんだな』
言って呪を切れば、既に相手は消えている。家の結界を過ぎて行ったから、どうやら大人しく去ったのだろうと知れる。
災厄でないとなればあの男が死んだとしても自分にはなんの関係もない。
後は本人の希望次第だと、ようやく終わった面倒事にひとまずは安堵した。
* * * * *
それから三日後。
深夜に、張った結界が次々揺らされたことで目を覚ます。
部屋の片隅に音もなく現れたのは、恐らくあの男なんだろう。暗がりに立たれたせいで目で確認することは出来ないが、他にこんな現れ方をする相手を思いつかない。
『どうだ?こちらの世は』
「…正直、まだ信じられないよ。…でも…、アンタの言ってたことのが正しかったみたい」
はじめの時より覇気がなく、口調も落ち着いているというよりは暗いものだ。
余程ショックが大きかったらしい。
「真田のダンナも、大将も死んでるなんてさ」
『こちらの世の話だ。お前のいた世では生きている』
そっか、と呟く相手は変わらず立ち尽くしたまま。ようやく慣れてきた視界の中、迷うような顔が見えた。
「…ねぇ」
『なんだ』
答えても、返って来るのは沈黙だけ。それでも、なるたけ急かさないように続きを待った。
やがて意を決したように顔が上がる。
今夜初めてその目を見た。
「俺様は帰れるの?アンタ、あの時言ってたよね」
帰りたいならここに来いと。
確かに逃がす前にそう言った。それが最後の望みなのか、縋るような目は否定されることを恐れているように見える。
『帰りたいのか?』
ぴくりと暗がりの体が揺れる。
一瞬の間を空けて、息を詰めたままはっきりと頷く姿を見た。
『なら、帰してやる。今すぐには無理だがな』
「!本当に…!?」
『騙さねえよ』
出来もしないことを出来ると言っても恥をかくだけだ。まして、こんな状況で嘘を吐くほど性格が悪いわけでもない。
そう思いながら息をつけば、いくらか緊張がとれたのか、いつの間にか座っている猿飛が言った。
「それにしてもアンタがあの“高向”とはね」
『知ってるのか』
「まぁね。こっちでも有名な陰陽の大家だし。半分伝説かと思ってたんだけどまさか実物に会うとはね」
正確には陰陽家とは違うのだが、その辺りの説明は省くことにした。言ったところで大して変わらないとしか思わないだろう。
ともかく高向の名を知っていたから、猿飛もある程度自分を信用したということらしい。
「ところで」
『うん?』
「俺様まだアンタの名前聞いてないんだけど?」
今高向の話をしたばかりだろうと思えば、すかさず猿飛が追加を入れる。
「名前。高向は姓でしょ」
確かに家の表札には名字しか書いていなかったことを思い出す。
『大輔だ』
「大輔ね…よろしく大輔ちゃん。俺様のことも佐助でいいよ」
にっこりと笑う猿飛の気配に、いまだ少なからず警戒の色が残っているのも見えてはいるが、流石にそれを咎める気はない。
どうせしばらくの事だ。
好きにさせた方がいいのだと自分に言い聞かせて、一言よろしくとだけ返しておいた。
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