越後侵攻7





「なんだそれは」

本陣、総大将の一言である。

『今回の戦利品でございます』

主君たる信長が、大輔が空から戻って来る程度の事に動じる訳もなく。降り立った臣下が連れた人物の方に注目するのは自然の流れと言えるだろう。

「…貴様の、か?」

信長は大輔を見るだけで、後ろに連れた謙信とかすがには一瞥をくれたきり見向きもしない。その固い声と、眉をしかめ睨み据えるようなその形相に周りの将兵たちは機嫌を損ねやしないかとひやひやしながら二人のやり取りを窺っている。

『お許しいただけるならば』

しかし対象を見ないのは不愉快だからというのでは無く興味が無いのだ。声も表情も苛立っているのでは無く訝しんでいるだけである。

それがわかっている大輔は、恐らく今回はさしたる問題もなく自分の要求が通るだろうと踏んでいた。

「うつけが。貴様は大した阿呆よな」

『阿呆故、隣に敵を置く以外日々気を張る術を思いつかないのでございます』

すまして大輔が答えれば、信長は声を出して笑う。
この乱世、平時といえど戦を忘れては天下など平らげられない。
まして敵の多い魔王を護る将ならば、いつ何時主が狙われないとも限らないではないか。

大輔は捕虜を寄越さなけば信長を護らないと言ったも同然。
言う大輔も大輔だが、笑う信長も大概だ。後ろで聞いていた謙信さえぎょっとする。

「天眼!」

『は、』

「励めぃ」

満足気に目を細める信長を見ることもなく、大輔は膝をついた姿勢のまま深々と頭を下げた。

『有り難く存じます』

フンと最後に鼻を鳴らし、信長は退去を促す。それに従って退きながら、今まで黙っている謙信を見た。

「…あれが まおう」

大輔は何も言わずただ笑う。
謙信が抱えていたかすがを取り上げ、さっさと足を進める。

『来い。ぼんやりしている暇はないぞ』

真っ直ぐに自分の幕舎に向かう。手近な兵に水を汲んで来るように命じて入り口を上げた。後ろからついてくる謙信が入ったのを確認しながらかすがを寝かせ、さくさくと処置を進めていく。
大輔自身がつけた傷とはいえ、思いの外深い。縫合、消毒して布を巻き付けるがそれもほとんど気休めに近い状態だった。
大輔としてはあまり術は使いたくないのだが、助けると言った手前放っても置けない。

『仕方ない…景虎、そっちの手を取ってやれ』

「………」

命じたものの、謙信はぱちくりと瞬いて止まっている。

『どうした』

「いま かげとらとよびましたか?」

『虎千代の方が良かったか?』

首を振る。流石に幼名はいただけない。
まあ、そういった問題ではなく。

「なぜそのなでよぶのです」

『…ただの好みだ。いいから早くしな』

殺したいのかと大輔に急かされてやっと動く。
丁度かすがの手を二人で一方ずつ握る形になった。

「また めがひかっていますね」

じっと見つめる謙信は、物珍しいのか余程その光景が気に入ったらしい。

『完治はしないが大分ましになる筈だ』

ふふと向かいで笑う謙信を大輔は呆れたように眺める。あまりにも順応が高過ぎやしないかと思う。
術をかけたとは言えそれは反逆と逃亡を防ぐだけで、本人の好悪にまでは影響しないものなのだが。

「なぜか、そなたにはこうかんしかもてません」

見透かしたように言う。その落ち着き払った態度に苦笑しながら、目の前の動かない忍に同情した。

『お前の忍が躍起になって警戒する理由がわかった気がするぞ』

「?」

この大将は妙なところで無防備すぎる。
仮にも自分は敵軍だろうと思いながら、それ以上のことは胸に留めて置いた。好かれて困る理由はない。

『景虎には俺の屋敷に居てもらう。かすがもな』

しばらくは大輔もこちらに残る予定であるから、当然二人も手近な場所に置くほうが都合が良い。

それというのも越後の龍という大きな一角を崩したからで、周辺でも何らかの動きがあると踏んでの事だ。今大輔には主君の傍から動く気はさらさらない。

『屋敷に戻るまでは先の続きもしないでやるよ』

「…、」

綾杉が来て中断した一件のことを言えば、打って変って顔がこわばる。
たとえ知識としてだけだとしても、そういった方面に関して知っているのは当然のことなのだが、何となくこの上杉謙信という人物が知っているのは不思議に思えるから妙だ。

まさか経験があるのだろうかと、問おうとしてやめる。
知るだけ面白みが減じる気がした。

『せいぜい心の準備でもしておけよ』

揶揄うようにそう言って、その後大輔は治療だけに没頭する。

俯き、すっかり固くなった相手をちらりと見ながら、先延ばしたその時の謙信の様子を想像しひっそりと笑う。
自分でも思った以上に楽しみになってきたから、それまでは悪戯するだけに止めておこうと要らない決心をすることにした。





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