越後侵攻5





辺りには音も無く、水を打ったように静まり返ったまま。

ただひらひらと枯れない藤の花びらが舞っているだけだ。


地面に横たわるのは一人。

残る二人は今も対峙を続け睨み合う。


『流石は軍神。一武将としても有能だな』

言う大輔は涼しい顔で笑っている。
聞く謙信は驚いた顔をさらし続ける。

『それだけの腕があるなら、術無しに真っ向勝負をしてもいい』

もしも自分を倒すことが出来たなら、今回は見逃しても構わないと大輔は言う。
そうすれば今はまだ辛うじて息をしているかすがも生をつなぐだろうと。

「…そなたは…いったい……」

向けられる疑問には一切触れず、ただ勝手に大輔は話す。それはどこまでも上位者の持つ余裕そのもの。自らの優位は絶対に揺らがないと確信しているのだろう。

『お前が降るなら、全てを教えてやるよ』

言いながら戟を構える。言葉の通り、それまでとは明らかに感じられる気迫の重みに違いがあった。
変化した大輔の雰囲気に謙信の顔付きも変わる。負けられないという思いに勝り、己の限界を知れるかもしれないという期待が天啓のように流れ込む。

「ならば…ちからずくで ききだすまで!」

掛け声と共に打ちかかる。その斬撃を押し返し、大輔も気合い一閃反撃に出た。

互いに斬り結んでは受け流し防ぐと同時に攻め返す。目まぐるしく攻守の変わるそのやり取りはそれまでの一方的なものとは違い、ある程度の均衡があった。
掛け値なしの技だけならば謙信にもそれほどの不利があるわけではない。


だが、


ある一線を越えれば、両者の差は明白に浮き出てしまう。
細かく何がどう違うという事ではなく、それは単に体力と経験の違いに尽きる。
理不尽な程に埋めがたいそれは、単純である分だけ絶対的なのだ。


『惜しいんだがね』

「…っ……すさまじき つよさよ…」

わずかに肩を上下させる大輔と、その戟によって首を地面に固定された謙信。
勝敗は明らかであるが、不思議と謙信の表情に苦味はない。むしろ、それはどこか晴れ晴れとしたものだ。
既に剣も折れ刃向かう術もなく、満足に四肢さえ動かせないとなれば悔いも残らないのだろう。

「…そなたにたのみがあります。どうか、えちごのたみに じひを…」

仰向けに倒れたまま、天を見上げてそう告げる。武人としての本懐を果たした後は君主としての役割を残すのみ。
深々と地に突き立った刃の下からまっすぐに頭上の大輔を見つめている。

『さて…俺は織田軍の将だからな。信長様に従うだけだ』

首を竦める大輔の言葉に、謙信の顔が目に見えて曇っていく。第六天魔王と呼ばれる男は、かつて越後の領民を意味もなく虐殺したこともあった。

そんな人物が民を慈しむとは到底思えない。

「…なんということ……びしゃもんてんよ…」

嘆く謙信を見下ろし、大輔はただ嘲笑する。
愚かなことだとその眼が言う。



『そんな者よりも俺に縋れ』


「…なにを、」

『俺も天人の端くれ、祈るに値するとおもうが?』

欲界の第四、兜率天に住まう者であると宣言する。

『まあかつてはイルという名の神であったが、我が子に討たれ、転生してこの有様よ』

さらりと言い放った大輔に謙信は開いた口が塞がらない。当然と言えば当然、あまりに馬鹿げた話である。

「みほとけのなをかたるなど、なんとおぞましい…!」

『嘘ではない。そうだな…この重瞳がその証拠だ』

戟越しにずいと顔を寄せ、息がかかるほど距離を詰める。片手で謙信の頭を固定して覗き込むようにしたその眼は、確かに片方の一つの瞳に二つの目があった。



それは正しく天に住まう存在の証明。

人ならざるものの証である。



息を呑む謙信の間近でにやりとその両目が歪む。

『これで解ったろう』

「…だが……まさか…そんなことが」

信じ難いと戸惑う相手をまるで意に介さずに大輔はそのまま言葉をつなぐ。

『あの御方はいずれ天の在るべき場所へとお戻りになる。その時には俺も第六天へと昇るさ』

言い切ると、たった拳一つ分の距離さえ消し、大輔はそのまま噛み付くように口付けて、抗う手を押さえつけた。焦点が合わない近さで眼を見開いた謙信を観察し、空いた手のひらでゆっくりとその姿を確かめる。

そして暫し、目を合わせたままやっと大輔は頭を持ち上げた。
息を乱した謙信を見下ろし、どこまでも愉しげに笑いながら酷く優しい手つきでその頬を撫でる。



『その時まではこの下界、お前にも付き合ってもらおうぞ』



したいという思いではなく命令でもない。まして頼みであるわけがなく。

それは揺るぎない決定である。

再度大輔との距離がなくなり、謙信の腕を掴む力が強くなる。
まばたきもせずに自分を見据える視線に息苦しさを覚えたが、既に謙信にはそれを打開するだけの力もないのだ。


最早この腕の内からは逃げられないと知り、謙信はついに諦めて自らの目を閉じる。
向けられる視線を断つ術が、それしか謙信には残されていなかった。









ご注意:
今回出てくる神様の話は単語だけつないだデタラメです。深く考えないでくださいませ。
それから重瞳も特殊な人相ではありますが、別に神様の証明には全然なりません。他に証拠にできそうなのが思いつかなかったんです(+_+;)





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