越後侵攻4





眼前に聳えるは山その物を要塞とした春日山城。傾斜はもとより狭い山道に数多く作られた柵塁が麓から攻め上がる部隊の行く手を阻む。元から守るに易い場所だったものを上杉自らが手を加えたとあってその攻略は難しい。

そして何より堅牢なる本城までの至る所に潜む忍軍がこの城を正しく天下の要害たらしめているのだ。

軍神と謳われる男が率いる軍が入った今、この地は確かに難攻不落と呼ばれるに相応しいものだろう。



東側の掃討を命じられた大輔は要地毎に部下を配置しつつ先を進む。
見下ろせば既にかなりの数の自軍拠点が確認できた。

『それにしても…』

西側から上がって来る濃姫、蘭丸を合流予定地で待つ間、同行させている側近に話しかける。

『忍ってのは奇襲しか思いつかないもんなのか』

別段弱い訳でもないのに必ずと言っていい程隠れている。大輔には意味が無いのだが、実際それほど有効な戦法なのだろうかと思っているのだ。

「…というよりは、それだけの自信を持っているのでしょう。事実、西側の戦線は手間取っております」

『まあ、確かにな』

しばらくこうして待っているのだが、一向に現れる気配がない。この綾杉の言う通り、それなりに効果のあるものなのだろう。
しかし気は短い方ではないが、大輔といえどもこうして待つだけと言うのはさすがに飽きが来た。それにこのままここに留まって時間を浪費し続ければ、敵には余裕を与えるし、率いて来た味方の士気も下がってしまう。
何より本陣にて知らせを待つ信長にもわずかとはいえ未だ手つかずの残党が直接向かう危険性が増す。

思案の結果、最終的にそう判断した大輔はすぐさま行動を起こした。

『誰か』

「はっ!」

『お前は隊の半数を率いて西側を下れ。掃討しつつ濃姫様たちに合流しろ』

名のある武将は残っていないようだし、濃姫たちも進んで来ない訳ではない。時間は多少かかるかもしれないが、そう問題も無く合流できるはずである。

『いいか、合流するまでに奇襲は二度ある。くれぐれも気を抜くなよ』

「承知いたしました!」

油断さえしなければ自分がいなくともする事は同じであるからと言い含め、直ちに出発させる。
残りの半数にはここに待機して一兵たりとも逃すなと厳命した。

『綾杉』

「此処に」

『お前は俺の周りにいる観客を始末しろ。まだ俺が織田だと広まるのは具合が悪い』

上杉の忍が減るにつれて他国の忍が増えたらしいのだ。まだ両手で足りる程度ではあるが、帰られでもしたら後々面倒なことになる。

「御意」

ふっと消える様は本職の忍に勝るとも劣らない。視界の外で既に仕事を始めていることだろう。


指示を終えた大輔は、単身で足早に山頂へと続く参道を駆け上る。手の中の戟を握り直し短くはない石段を登りきれば、正面に待ち構える総大将を視界に捉えた。

『上杉謙信、だな』

「いかにも…そなたは、みなれぬしょうですね」

兵も排され、追い詰められているはずの君主がよくもここまで落ち着き払っているものである。よほど自分の腕に自信を持っているのだろう。感心しながら大輔は奥に立つ軍神をしっかりと見据えた。

それまでとは一転してゆっくりと歩を進め、慎重に距離を詰めて行く。

『俺は目立たないようにしているから、誰も気付かないのさ』

言いながら尚も歩いていると、まだかなりの距離を残した地点で突然足元に何かが突き刺さる音がする。そのまま素直に下を向けば、どうやら棒型の手裏剣のようだ。

「止まれ!それ以上謙信様に近づくな!!」

大輔にしてみれば間合いの外も外、たとえ戟の長さが三倍だったとしても届かない位置だ。まさかこんな所で止められるとは思っても見なかったが。

『……なかなか優秀な忍を連れているようだ』

それでもここがかすがの許容範囲の限界ならば仕方がない。とりあえず大輔はその声に従って止まる。

まだ戦うには惜しい気がした。

『だがそれにしても…本当に主従揃って並べたくなるような見目をしているな』

「!…貴様、そのような目で謙信様を見るな!!汚らわしい!」

噂通りだと言えばさらにかすがの殺気が増すが、謙信はいまだ微動だにしないまま。それは一通りかすがが喚くのを聞き流す間、じっと観察をし続けても変化することはなかった。
大輔としてはもう少し謙信自身を量ってみたいと思ったが、どうやらこのままでは話すのはかすがばかりのようだ。

相手に動きなしと結論づけ、戦いもやむなしとする。
片手で戟を弄びながら、改めるように大輔は切り出した。

『謙信公。最早あなたに勝ち目は無いと思うが どうか』

「わたくしはそうはおもいません」

その言葉と共に謙信は一歩前に出る。まっすぐに返される視線には、はったりといった類は含まれていないようだ。

「すくなくとも そなたをたおせば このいくさはながれをかえる…ならばそれをおこなうのみ」

刀に手をかけ、そうはっきりと言い切った。
どこまでも本気であるらしい謙信の態度に思わず口の端がつり上がる。確かに目の着けどころは正しいが、相手の実力は見誤っているとしか言えないだろう。

『たかが毘沙門の化身如きが、この俺に敵うと思うなよ?』

「おろかな…ぐんしんのちから そのみにきざむがいい…!」

謙信のその声を合図に、謙信とかすがの両者は一気に距離を詰めて来る。

対する大輔は間もなく襲う攻撃を静かに見透かしながら、ただ戟を構えてゆったりと笑うだけだった。





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