越後侵攻2
羽毛にしがみつくようにして速度を出した結果、大輔は昼過ぎには主君の居城に着く事に成功した。
まずまずといったところである。
城門下に降り立って鳥を消せば、目を丸くしていた門番の顔が更に驚愕の色を強くする。
「大輔様!!」
『通る。殿がお呼びだ』
「はっ!!只今お開けいたします!」
その声を聞いた途端、半分固まっていた門番達も慌てて門に駆け寄って行く。
城内に入ると大輔に向かって掛けられる声も増えたが、その急ぎ振りを見て立ち止まらせる者はいない。大輔が急ぐ時は必ず自分達の主が絡んでいることをこの城で知らない奴は余程の間抜けだけなのだ。
そしてわざわざ主君とその家臣筆頭の機嫌を損なえば、自身の首一つでは購えないという事もこの国では常識。
好き好んで死にたがる訳もなく、大輔の前には言わずとも道が開けて行く。
素直にそこを進み、辿りついた一室の前で膝を着く。
『失礼致します』
了解の声と共に襖を開く。奥に座した主君に寄り、深々と頭を下げた。
そのため顔は隠れて見えないが、久し振りに対面した喜びに自然と大輔の頬も弛む。
『高向大輔、お召しにより只今参上致しました』
「遅い」
申し訳御座いませんと言う割に大輔の声は弾んでいる。だが遅いと言った信長でさえ、同じく愉しげであるから咎めもない。
“信長”
勿論それはかの第六天の魔王織田信長その人。つまりはこの天魔こそが大輔が獲得して間もない領土の統治を放り出しても会いに来る程臣従している主である。
「まあ良いわ。報告せぃ」
『は。現在は九州、中国を支配下に置き、四国攻めの準備を』
島津、ザビー、毛利を壊滅させその軍を吸収、元就を配下に加えた事を告げる。
「フン…相も変わらず気まぐれな男よ」
捕らえた君主を側に置くなど何時寝首をかかれるかわかったものではない。自ら危険を呼び込んでいるような大輔に対してそれだけで済ませる信長も人の事を言える柄ではないが。
残念ながらこの場にはそれを指摘する者はいない。
『信長様におかれましては今川に続いて浅井を落とされたとか。遅くなりましたが、私からも御祝いを』
差し上げたいと言うより早く、続きは信長によって切り捨てられた。
「いらん。たわけに勝ったところで自慢になるか」
祝う方が馬鹿らしいとでも言うように盛大に顔をしかめている。
『ならば祝いの言葉は上杉に勝利した時までとっておきましょう』
ぴくりと信長が反応する。睨み付けるように目が鋭くなるが、大輔にはまるで意味がない。身を竦ませるどころかむしろ愉しげに笑う始末。
『次は越後攻めでございましょう』
呼ばれた時から気付いていた…否、知っていた事だ。昔から察しはいい方だから信長とて大輔が知っている事は想定の範囲内ではある。しかしその呼ばれたと言う命令すら実際は信長が心中にて呟いただけにすぎないのだから、最早察しがいいなどと言う次元ではない。
「天眼!」
『はっ』
ただ信長と大輔にとってはそのやり取りが当たり前というだけだ。
「ならば尚更遅いわ」
脇息に凭れながらにやりと笑う。
その言葉にはさすがに大輔も苦笑するしかない。
『誠に申し訳御座いません』
ふんと一つ鼻を鳴らす。
困ったように眉尻を下げた大輔に満足したのか、信長も珍しく上機嫌に笑っている。
「寄れぃ。策を立てる」
手招いて呼び招かれて寄る。
未来も見通すと言われる大輔の予測を聞かせろという訳だ。その正確さこそが信長をして大輔を天眼と言わしめる要因でもある。
何時の間にやら大輔の予測を聞いてから改めて家臣団と策を練るのが既にこの国では習いとなってしまった。
そうして始まった話し合いにより、狙われた敵方は知らぬ間にじりじりと追い詰められていく。
戦は既に始まっているのだ。
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