遭遇
――大輔視点―→
朝から嫌な予感はしていたのだ。
あくまでも、予感と思いたかっただけの話ではあるが。
目の前にうずくまる男を見つつ、諦めまじりにそう思った。
確かに、この家には厄介事が自然と集まるようにしている。そうやって集めた氣の乱れを治めて、減らすことが一族の仕事の内でもあるからだ。
だから、この家に不思議が集まることは不思議ではない。
『……』
とはいえ、これは久々に面倒そうなことになったと小さく息をもらす。
「……アンタ誰?」
その音か、あるいは気配でこちらの存在を知ったのだろう。敵意というか殺気というのか、そんなものがはっきりと自分に向けられているのを知る。
本人が動けないのだから、それも当然と言えば当然なんだろうが。
『…自分が先に名乗ろうとは思わないのか?』
「捕まえといてそれはないんじゃないの?」
『俺はお前を知らない。お前を捕まえても俺にはなんの利益もない』
「俺様は何もしゃべらないよ」
いらんと思いつつ、もう一度ため息が出るのを押さえようとして失敗した。
これ以上話すことも面倒で、片手で適当に印を切る。
途端、ガンッという音が聞こえ、うずくまっていたはずの男がしりもちをついていた。
「…なっ!?」
『せっかく緩めてやったのに…』
先程までとは違い、体も動くし視界も利くように呪を一部解いたのだ。
「なに…これ!?壁!?」
とは言え、全てを解いたわけではない。男を囲むようにある仕切りはそのままだ。さっきの音はそこにぶつかったものなんだろう。
『結界だ。それよりよく見ろ。違和感はないか』
言えば、ようやく視線が合う。
鼻を押さえたままの男はこちらを警戒しつつもぐるりと部屋中を窺ったようだ。
「…特にないね。アンタの格好がおかしいくらい」
…何かしら違和感があってほしかったのだか。
違和感を持たない相手に説明するなんて考えるだけでも面倒だ。
ましてその相手に説明を求めるなど。
『…勝手に見るぞ』
「は?って、ちょっと!!」
部屋の中央にいる男の元に歩み寄る。男は慌てて下がろうとするが、先程ぶつかったものと同じような壁に阻まれて一定以上後退る事はできていない。
上下左右も同じことだ。
「…来るな…!」
諦めたのか、武器を構えて威嚇してくる。
それを一切無視して、俺は男を囲む結界に触れた。
「…!!」
直後、ぼんやりと壁に字が浮かび上がる。
『猿飛佐助、ね…』
無色透明なそこに出る文字は、まるでおかしな光景に見えるだろう。
『上官の命令で団子を買いに行った帰り、森を抜ける途中で歪みにはまる…』
忍はお使いまでするのか。多忙だな。
「ちょっと、なにそれ!なんでそんなことわかんのよ!?」
『書いてあるだろ』
「なんで書かれてんのかって聞いてんの!」
俺が書かせたからに決まっていると内心だけで考えて、とりあえず、喚く相手を見返した。
『聞く気があるなら話してやるが』
「是非とも聞かせてほしいね」
『なら座って静かにしてろ』
どうせお互いに手出だしできないと言えば、渋々ながら一応それに従った。
それを確認して、自分もその正面に腰を下ろす。
そして漸く俺は、長くなるだろう説明を聞かせる事に諦めをつけたのだ。
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