5side:秋元

秋元は釈然としない気持ちでいた。
手に持っている黒い携帯灰皿のケースを先程からころころと手の平で転がすようにいじくっては今朝の出来事を思い出すを繰り返している。

そもそも、今日は朝っぱらから大変だった。昨夜は溜まり場で数人の仲間と徹マンをしていたのだが、夜が明ける頃には見事に秋元の財布の中身はすっからかんになっていた。秋元は賭け事が弱いんだからあんまりムキになるなよなと仲間にからかわれ(秋元は麻雀でもトランプでも金が絡むと急に弱くなる)最高潮に機嫌が悪かった。
普段ならそこでふて寝をして気持ちを落ち着かせるところなのだが今回は負けた金額が洒落にならないものになってしまったためどうにも腹のムシがおさまらず、からかってきた仲間の頭に思い切り頭突きをお見舞いしてから乱暴に溜まり場を後にしたのだった。

軽くなった財布を学ランのケツポケットに突っ込み、内心この金だけで今月をどうやってやり過ごすかを真剣に悩んでいたところで見知らぬ他校の奴らにばったりと出くわした。
いかにもヤンチャしてますといった出で立ちの三人組に意味もなく絡まれ、怒りの頂点に達した俺は麻雀で負けた怒りの全てを相手にぶつけた。
あークソッ、俺の煙草代!俺のチャーシュー麺!パチンコ代ッ!
渾身の怒りと怨みを込めて、一発ずつ頭突きを放つ。ゴォーンといい音を三つ響かせながら流石に痛ぇなこの野郎!と半ば八つ当たり気味でもう一発ずつ拳を腹に叩き込めば、相手は自分の力をだすこともできずに呻きながら倒れ込んでいった。
無造作に1人ずつ道の端に放り投げ、ふん、馬鹿野郎どもめ相手が悪かったなと少しばかり苛立ちを発散した俺はちょっとしたやり切った感と充足感を味わっていた。胸ポケットから煙草とライターを取り出し火をつける。やはり喧嘩のあとの一服は格別にうまいなと、先ほど伸した三人組の上に腰かけながら肺いっぱいに溜めた紫煙をふーっと吐き出した。

そんな時だった。
アイツーー山田真澄と出くわしたのは。

ぽけーっと間抜けな顔をして隠れるでもなく堂々と自分を見ている姿に俺はまずイラっとした。喧嘩がそんなに珍しいかこの野郎、そう思った途端に自分から低い声が響いていた。「何見てやがる」と。喧嘩なんてしたこともなさそうな見るからに普通そうなやつだったから、脅かせばすぐさま立ち退いてて行くだろうとタカをくくっていた。しかしヤツは次の瞬間俺の投げ捨てた煙草の吸殻を指差して「ポイ捨て」と意見してきやがった。

これには唖然とした。一瞬何て言われたのか耳を疑ったのだがすぐさま馬鹿にされたのだと理解した。ーー俺は基本喧嘩っ早い方ではあるが誰彼構わず手を出すほど単純でもない。もともと喧嘩自体が好きなため、喧嘩にならないヤツは相手にしないのだ。
しかしこの時ばかりはカチンときた。昨夜からの鬱憤と馬鹿にされたのだという衝撃がピシャーンと雷のように全身を駆け抜けた。絶対に一発ぶん殴ってやる。
そう決めて詰め寄って行ったはずだったのだ。



「確かにそう思ってたんだけどなァ」



バリバリと頭を掻きながらまた黒い携帯灰皿に視線を落とす。
怯えるといった表情はなかった。ただ困ったように眉を八の字にさせていたヤツの表情がぼんやりと浮かんでくる。



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