「……よお」

「今朝は、どうも」



なんとも言えない空気が辺りを漂い始める。下校する他の生徒はいち早くこの空気を察知したらしく今は遠巻きに此方を伺い見ているようだ。



「おめぇ、この学校の一年なんか」

「はい、今日から」



独特のイントネーションで喋る人だな、と真澄は少し新鮮な気持ちで返事を返した。アクセントの位置が、標準語と少しずれている気がする。不良特有の言葉なのかなとも思ったけれど、どちらかというと地方の方言であるような気がした。今朝はそんな事を考える余裕もなかったのになあと何処か他人事のように思っていると、目の前の人物はおもむろに胸ポケットから煙草とライターを取り出し火を付けた。下唇を突き出し煙りを吐き出す仕草もやはり独特なのに、何故か様になっていて釘付けになる。



「おめぇクラスと名前は?」

「はい?」

「いっぺんで聞き取れや」



チッと舌打ちして下唇を尖らす目の前の人物。その言葉はいたって乱暴なのに何処か愛嬌のようなものが混じって聞こえる。はて、一体どうしてだろう。



「機械科の山田真澄です」

「んだよ、聞こえてんじゃねぇか」

「いえ、まさかそんなこと聞かれると思わなかったので」



聞き間違えかと思ってと付け足して言えば、ははっと笑われた。

おかしい。どうも今朝と雰囲気が違う。今朝はもっとこう、厳つい恐ろしい感じだったというのに。



「おい、山田」



不意打ちに名前を呼ばれ目を見張る。



「俺は秋元っつーもんだから、覚えとけ」



そう言って見覚えのある黒いケースに秋元は吸っていた煙草の先端を押し付けた。




「それ、」

「あ?おめぇがくれるっつったんだろーが」

「そうですけど」



真澄にしてみればちゃんと使ってくれてることが驚きだった。なんとなくその場のノリで無理矢理押し付けてしまったようなものなのに、目の前の人物ーー秋元は普通に使ってくれている。それが、なんだか嬉しく感じた。



「灰皿がありゃ、灰皿に捨てる」




真澄の表情を読み取ったのか、秋元が居心地悪そうにまた下唇を尖らせた。その独特な仕草も、秋元の親しみやすさを醸し出しているように見えるから驚きだ。



「良かったです」

「おう」



そう言って少し口元を緩めた秋元は気まず気に「じゃあな」と言って背をむけた。後ろ手に黒い携帯灰皿をひょいと掲げ、大股でずんずんと歩いてゆく。そのまま角を曲がっていき秋元の姿が完全に見えなくなったのを確認すると、真澄はどこかほっこりとした気持ちで自分は良い事をしたなあとちょっとした満足感に浸ったのだった。


だからか真澄は気づかなかった。秋元が何故一年生の下校時間を見計らって校門の外でたむろしていたのかを。何故真澄の前で煙草を一本吸って帰っていったのかを。

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