未知の

それから真澄は相変わらずな学校生活を過ごしていた。クラスメイトからは未だに少し遠巻きに見られるものの、冬川だけは普通に接してくれていたので真澄はそれだけで十分嬉しかった。もちろん、贅沢を言えば目指せ友達十人という目標だってやっぱり叶えたいと思っているし誤解だって解ければいいなとも思っている。しかし長年の経験からしてそれは途方もなく大変なことだと理解していた。

ーー焦る必要はない。何も変化がないように見えても一日一日が毎日大きな一歩だ。
うん、と一人うなづいて真澄は空を見上げる。暦の上ではもう初夏らしいが外はまだまだ寒い。白い綿を引き伸ばしたような薄い雲が風に流されどんどんと此方に向かってくる。その速さに少しばかり驚く。雲は風の力でこんなにも速く流れるのか。そんな当たり前と言えば当たり前なことに改めて気付けた感動が真澄の中をじわーっと暖める。すごいなあとしみじみ思った。



「山田、何してんの?」

「……雲を見てた」



急に話しかけられ後ろを振り返れば冬川が此方を見下ろしていた。ーーうん、やっぱり冬川君はちょっと反則ってくらい大きい。余裕で俺の事を見下ろしているじゃないか。こんなに大きかったら、やっぱり見える景色は俺とは全然違うんだろうか。
ぼんやり冬川を眺めれば彼は居心地悪そうに頭をかいて空を見上げる。雲かあなんて呟きながら。俺はまた視線を雲に向けた。雲は更に風に流され何時の間にか俺の真上にいる。



「山田まだ短距離走測ってないだろ?」

「あ、そういえば」

「はは、やっぱりな」



短パンのポケットに両手を突っ込んだままの冬川は優し気に笑いながら顎で俺に早く行って来いと促す。それにこくんとうなづいて俺は短距離走の列に混じる。

冬川君は俺によく話しかけてくれるなあと思う。席が隣ということもあるのかもしれないけれど、今みたいに教室の外にいたって声をかけてくれる。ーーなんか、友達みたいだな……なんて。



「次!」



号令がかかって白線の前に立つ。なんで白線の前ってこんなに緊張するんだろう。急にドキドキしてきた心臓がぎゅっと痛んで少し苦しい。呼吸を整えようと目をつぶって深呼吸すれば、何故か頭の中には冬川君の優しそうに笑った顔が浮かんできた。俺に気軽に声をかけてくれる冬川君。ーーたぶん、冬川君は俺みたいにぼっちなヤツをほっておけないタイプなんだろうなあ。
そう思ったらまたぎゅっと痛んで苦しくなった。ーー友達って、どうやってなるんだっけ。



「よーい、」



ドンの合図で走り出す。走るのはぶっちゃけ得意じゃない。だって全然足が前に進んでいかないんだ。隣にいた他の生徒はどんどん自分を引き離して前に行くというのに。
ーーだから走るのって苦手なんだ。

その瞬間。

勢いよく地面に引っ張られる感覚と一瞬の浮遊感。ガツンという衝撃と、じわじわと熱を感じる膝と手のひらそして、顔面。



「おい、大丈夫か」



教師が遠くから呼びかける声が聞こえるがなかなか体に力が入らない。なんだこれ、すごく恥ずかしい。
カーッと顔に熱が帯びるのが嫌でも分かる。体育の短距離走わずか25メートルの間に自分は何もないところで勝手に一人ずっこけた。しかも顔面からダイブとは、恥ずかしすぎて顔も上げられない。



「保健室、行ってきます」



そう声を絞り出してなんとか立ち上がった。まさかあのまま地面にへばりついてはいられない。なにしろ手を差し伸べて引っ張り起こしてくれる人だっていないんだから。ーーあー、だめだ。今日はだめな日だ。考えが、頭の中の声がやまない。ぐるぐるぐるぐるしっぱなしだ。
引きずるようにして足を動かし保健室を目指す。玄関を入ってすぐの所にあるから別段遠いわけではないのだが、あちこちがヒリヒリと痛んでなかなか辿り着かない。



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