温かい。

きゅう、と縋るようにジャックは背中から腕を伸ばしてきつく抱き締めてくる。
人肌から伝わってくる暖かさというものは安心を与えてくれるから不思議だ。

少しだけ開けられた窓から、微かに撫でるような風が流れてきた。
頬を掠め、室内で戯れて、どこかへ吹き抜けていく、気紛れなそれ。

似たように気紛れな部分のあるジャックは、鼻唄を鳴らしていた。
それはマザーが昔歌ってくれた歌のようだった。
左右にリズムを取るように微かに揺れて、軈て鼻唄と共にピタリと止まる。


「僕ね、ときどき思うんだ〜」


図上から聞こえてくる声に、はた、と思考を止め、耳を澄ませる。
髪を撫でるように、頭に乗せられた手がゆっくりと動いたので、身を任せるように瞼を閉じた。


「シアワセってね、こういうことなんだなぁって」

「?」

「エイトがいてね、気持ちがふわぁってなって〜。嬉しくて楽しくて、どうしようもなくって〜…」


うーん、と首を捻りながら唸る。


「…これってシアワセって言うんだよね?」

「……さぁな」


多少ぶっきらぼうな受け答えになってしまったが、いつものことなので彼は気にしてはいない様子だ。
ジャックはもう一度唸るような声をあげた後、じゃあ、とおずおず尋ねるような音をたてる。


「エイトのシアワセってなぁに?」

「俺の幸せ?」


おうむ返しのように反濁して訊き返すと、ジャックは頷いたのか上下に微かに揺れたのを感じる。
幸せ、なんてものを真面目に考えたことなど無かった。
いや寧ろ、こんな戦争に身を投じて、無我夢中で生きてきたのだ、考える暇さえなかったのかもしれない。

問われたのにも関わらず、パッと答えが出せないでいると、ジャックは言葉を続けた。


「セブンがね〜?幸せは一人一人ちがう形で持ってるんだー、って言ってた。」


遠くを見るような眼差しに、ふと目を奪われた。
普段、あまり見ない表情だと思う。
笑ってるけど、どこか寂しそうな…。


「だから、僕がそれでシアワセでも、エイトはもしかしたら…」

「…幸せじゃないかも〜、って?」

「ちょ、今の!僕の真似?」


からかうように普段の彼を想像して似せてみると、全然似てないよぉ〜!と騒がれた。
そんな彼に、煩いとため息を吐く。
それはそれで少しだけ寂しいが、似てないものは仕方がない。


「…俺は、」

「うん?」

「そういうこと考えてもみなかったよ」

「そっかぁ」

「でも、お前がそれで幸せなら…きっと幸せなんだと思う。」

「…ん、ん?どゆこと?」


ごめん、頭が回らないやぁ、と困ったように笑うジャックに再びため息が出る。
人が無い勇気を振り絞って言ったというのに。


「要するに、お前が幸せなら俺も幸せってことだ。」

「ああ、そゆこと…」


途端に顔が火照るのを感じた。
ああ、くそ。
ここまで赤くならずに済んでいたのに。


「じゃあ、僕、頑張って幸せにならなきゃね」


エイトの幸せの為に、とジャックが屈託のない笑みを浮かべてクスクスと笑う。
そんな笑顔を見て、ふと思う事がある。
この笑顔が好きだ、守りたい、と無性に心の底から叫びたくなるのだ。

皆を笑わせたくて、楽しくなくても笑っていたいだなんて言う彼が、心から笑って、心から楽しんで…そんな環境を作って傍に居てやりたい。


「そんなお前を…ずっと見ていたいんだ」


思わずポツリと呟いた言葉に、ジャックは大きな瞳を見開いた。
驚いているような、狼狽えているような様子で、空色の瞳はユラユラと滲んでは揺れた。
きっと、予想もしていなかったんだろうと思うジャックは、次の瞬間には困ったように笑って、頬を掻いた。


「…エイトってさ、いつもは可愛いのに…こういうの反則だよぉ」


僕、心臓に悪いよ〜、とおどける。
可愛いとはなんだ。
こっちは真面目にいっていると言うのに、と非難する目で眺めてやると、ごめんってばぁ、と慌てて謝られる。


「でも、ありがと、エイト。やっぱり、そう思ってくれるエイトが居れば僕は幸せなんだなぁ」


心がね、温かくなるんだよ。
君がいるだけで、僕の世界には色が溢れるんだ。

ありがとう。

なんて言葉は言い足りないんだけれどね?




    Xanadu




end.
2012'03'30





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