柔らかく風の通る中庭。
色とりどりの花が、寒くも暑くもない風に揺られながら、花壇を彩る。
それを横目に、中庭と墓地を隔てる唯一の柵を押し開けた。

いつも思う。
この策は、とても、とても重いものだ、と。
勿論、物理的な意味での重いものでないことは知っている。

そこへ連なる白い煉瓦作りの簡素な道。
コツコツとブーツの鋲は音を立てる。

ああ何だか寒いなぁ、セブンは誰にともなく一人ごちた。

陽射しは暖かい。
真っ白な太陽が、負けないくらい真っ白なセブンの肌にこれでもかというほど光を注いでいる。
それを菫色の瞳を細めるようにして眺めた後、もう一度自らが向かっていた道を辿るように見た。

辺りが一面見渡せる位に広い空間に出た。
少しだけ高くなったそこからは、灰白色の寂しげな慰霊碑とそれを取り囲むようにして作られた幾ばくかの墓石が嫌でも目に入る。

緩慢な動きで、殺風景な墓地内をセブンは見渡し、目当ての人物を見つけてもう一度一歩を踏み出した。


「隊長」


階段を降りて、その背中がはっきりくっきり見える距離で、彼をよぶ。
しかし、そう口にしたあとセブンは咄嗟にしまった、と思ってしまった。

ぶわ、と途端に吹き荒んだ風が、セブンや彼の髪や衣服を掻き荒らしていった。


「…隊長、泣いているのか?」


また一歩、重たいブーツを持ち上げてコンクリートで固められた地面を踏み締めて、セブンはその背中に問うた。
すると彼は、動くのさえ億劫、といった様子で静かに顔だけを此方に向けたあと、すぐに視線を戻した。


「…何故?」

「そう見えたんだ。」


淡々と尋ねられて、セブンは小さく首を振った。
そう見えただけ、その言葉に嘘も偽りもなかった。

隊長もそれを咎めることなく、ただひたすらに一つの墓石を眺めている。

幾分か軽くなった気持ちのする一歩を踏み出し、一歩を重ねて彼の横顔が見える位置まで移動してきた。
相変わらず、風が強い。

墓石を眺める彼の目は、いつもと変わらない。
講義中、作戦中、セブン達が見てきた中で一番多く見た目だ。

それがどうだろう。
いつもと同じで、変わらぬはずのその目が、姿が、泣いていると形容するのに至ったのだから、セブンも思わず首を傾げたくなった。


「…知り合いか?」

「ああ。」


短い会話だが、それを居心地が悪いだなんて感じたことはなかった。
普段からセブンも彼も、口数の多い方ではない。
要点だけをひとつひとつ選んで、必要最低限を口にするからだ。
それ以上を兄弟は必要としてこない。

他人から見ればそれが冷たい意見だと取れるのだろう、冷酷、寡黙、言いたい放題批判を視線で投げてくるが、セブンにしてみれば知ったことではなかった。

相も変わらず、彼は微動だにしない。
まるで、そこだけが切り取られた別世界で、こちらとそちらでは時間の流れかたが全く異なっているのだ、と言われているようだった。


「…お前も誰かの墓参りに来たのか?」


消え入るような、それでこそ意識をそちらへ向けていないと気づかない位の声音が弾かれた。
低くもなく、高くもない、それでいて心地のよい適度な温度を持った声だ。

セブンは吹き付ける風の中からその声を漸く拾い上げてから、難しそうな表情で、いや、と呟いた。


「気分を害するようならすまない…偶然、噂を聞いてしまったんだ」

「噂?」


我ながら子供じみた白々しい言い訳だと思う。
はっきりと言えばいいものを、この口はモゴモゴと口ごもって、歯切れの悪い言葉だけを吐き出す。

隊長は表情一つ変えず言葉の続きを待っているようで、セブンは深呼吸ともため息ともとれぬ呼吸のあとで、渋々口を開いた。


「…隊長と四天王だった3人との関係と…亡くなった理由」


イロのない目が、僅かに見開かれる。
それこそよく見ていないと分からないくらいに微々たるもので、普通なら見落としてしまうかもしれない。

元々それほど表情の豊かな方でない彼は、口許を覆う硬質なマスクのせいで声の抑揚すらわかりづらいのだ。

もう一度小さく息を吸い上げ、続けた。


「興味半分だったが…今の隊長を見てたら…」


セブンは悄気た子供のように俯かせていた顔をあげて、感情の起伏が殆ど見受けられないアイスブルーの瞳を見上げる。
それから眉を八の字に下げ、困惑した様子で笑い、切った言葉を続けた。

放って置けなくなってしまって、と。

隊長は先程より明らかに大きく見開いたアイスブルーの瞳を唖然とした様子でこちらを見た。
不意をついてしまっただろうか。

途端に彼は目元をスッと細めて、肌を隠すように厚手のグローブが填められた左手を向けてきた。
身構えたものの、その思ったより大きな手はあろうことか頭を撫でたのだ。
撫でられたのは暫くぶりのことで、昔マザーに撫でられたのが嬉しかったという曖昧な記憶しか残っていない。
動きはぎこちなく、撫でるのに慣れてはいないようだが、それでも突然向けられた優しい感情に此方が不意をつかれて狼狽えてしまった。

マスクの下の表情は窺えないが、何時もよりは柔らかく細められた瞳に、もしかしたら微笑んでいるのではないだろうかと淡い期待を寄せた。


「…優しいな。セブンは」

「えっ」


なんて突拍子もないのだろう。
あまりにもいきなり過ぎた言葉に、柄にもなく素頓狂な声をあげてしまった。
いくらなんでも今のは不意打ちではないのか。

普段、多少きつめな言葉で叱咤したり激励したり、彼を全く知らない人間ならかなり厳格で冷たい印象を受ける彼の言葉だ。
それが今はどうだろう、棘のない円やかな声音で、まるで褒めるように優しさを仄めかせている。


「皆を見る目はいつだって気遣いがある。それに、些細なことも見逃さない。…私も気づかない事にさえ気付く。」


撫でる手を止めて、もう一度墓石を眺める一見冷たさを帯びた双眸。
改めてみれば、その墓石には女性であろう名前が深々と刻み込まれていた。
その存在を示すように、嵌め込まれた彼女の物であろう傷を称えたノーウィングタグが太陽の光を反射してキラリと光る。
それをいとおしそうに左手の人差し指の先で撫でた彼の表情は何処か寂しげで憂いを帯びていた。


「セブンは…それでいい。…それが多くの者を救い、楽にする。」


私のことも、と呟く隊長の目に、やはり無いはずの涙が見えた気がして、セブンはもう一度瞬きをした。
試しに目を擦ってみたけれども、目視でそれらしきものは認められなかったのだが、どうにも腑に落ちない。
ストン、と気持ちよく落ちないこの感じは、自分が納得していない証拠だ。
自覚はある。

それでも、きっと見間違いだ、と思う自分と、何処か他人の感情や心境に敏感な自分の性癖を考えて、やはり、と思うのだ。


「…隊長、やっぱり、泣いているよ。」


私にはそうとしか見えない。
冷酷だなんて、嘘だ。
それが本当なら、亡くなった人のためにそんな表情をできるはずがない。

ちらり、と盗み見た隊長の目にはやはり涙は見えない、けれど、セブンには確かに苦痛と後悔の色が見えたのだった。

いや、懺悔…だろうか。

過去を思うあまり、それをずるずると引きずり回した挙げ句、その意味にすら気づけないでいる。
まるではぐれた迷子のような目だ、とセブンは遠くにある意識で思った。


「…ちゃんと、泣けばいいじゃないか。」


先程よりは感情のある瞳が向けられた。

ああ、私という子供と向き合ってくれているのだ、と何処か安心に似たものを得る。
子供ならば遠慮入らないではないか、大人同士でも出来ないような話でも流してしまえることがたくさんある。
時には笑顔も、わっと一緒に泣いてしまうことだって出来るのに。

何故、こうも彼の目は寂しげに陽炎の如くユラユラと揺れて止まないのだろう。
ほら、すでに溢れ出た何かが零れたそうにしているではないか。


「誰かの前じゃなくていい、1人の時だっていい、…そんな顔をするなら、苦しそうにするなら…!」


泣いてしまえばいいじゃないか。
泣くな、と誰が言った?
それを誰が制限出来るのだ。
否、誰にもそんな権利など無い。
感情はその人だけのもの、裏を返せば、権利など当人にしかない。
彼は綺麗な淀みなく凍りついたアイスブルーを隠すように、男性にしては長い艶やかな睫毛に縁取られた瞼を閉じた。
その瞬間が、永遠のようで一瞬だった感覚は、セブンにとっての時間の感覚を奪いさるのは造作もないことだった。

次にクリアな瞳が現れたときにはいつものそれに戻っていて、何だか勿体無いと思った自分に驚く。


「…私も、最初は泣いた、な。」


先程とは打って変わった目の細め方で、今のは自嘲めいた笑みだった。
まるで、自分自身を嘲笑するような告白に、セブンは心の臓が握り潰されるような錯覚に陥る。

最初で最後、たったの一度泣いたきりだけだという彼の言葉に嘘があるわけでもなく、だからといってにわかにも信じられなかった。
それだけ堅く強固な決意なんだろうが、貴方は隠しきれてはいないのだ。
セブンは今一度、彼の表情を伺い見たが、そこには嘲笑も蔑むような色もありはしなかった。


「だから、もういい。」


それだけ諦めたように呟くと、何を思ったか静かに空を仰いだ。

つられて見上げた空はまっさらに晴れていて、西に傾いた太陽は柔らかく陽を注いでいる。
なのに、晴れないな、とセブンは嘆く。

心根は、全く晴れる気配もなく、どんよりとした重たい灰色が立ち込めているのだ。
今にも雨やら雪やら、容赦なく降り注ぎ、何もかもをぐちゃぐちゃにして流されてしまいそうだとも思う。

果たして、このまま自分が泣けば、彼は報われるだろうか?
あまりにも子供っぽいエゴな考えを心中で笑い、深く息を吸った。


「…アンタも、バカだな。」


氷剣の死神。
貴方は過去を永遠に凍らせてしまった。
そして、自分さえも殺してしまった。
なんて悲しい事なのだろうか。

たとえ、他人がいくら嘆こうとも、彼は強い意志のもと、それを冷めた目で眺め、流してしまうのだろう。


「…バカだよ」

「ああ…そう思う」


初めて浮かべた困ったような目でそう呟いたきり、彼は何も言わなかった。









  Invsible face






end.
12/04/16



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