最初にその姿に気付いたのは、可愛い女の子には目がない森山だった。


「なぁ、見たか笠松。体育館入口の向かって右側の…」

「見てねーよ!つかオマエはボール見ろや!それから黄瀬!いつまでも手振ってんじゃねーよ!」


もはや恒例となってしまった主将の叱咤が飛んだところでこの話は有耶無耶になってしまったが、これで終わる程簡単な話ではなかった。

明くる日もそのまた明くる日も、練習中の森山の視界には例の姿が入り続けたのだ。


「可愛いよなぁ、あの子。どーせ黄瀬目当てだろーけど」

「え、どの子っスか?」

「あの体育館入口の向かって右側の、ちょっと後ろからこっち見てる可愛い子。ここ最近毎日いるんだけど」

「あーあーあー、あの子っスか。名字サンっスよ、ウチのクラスの」


そう言った黄瀬が入口の方へ向かって手を振れば、悲鳴のような歓声がいくつも重なって返ってくる。

その中で例の彼女だけは、控えめに微笑んでみせた後小さく手を振り返していた。


「この間訊かれたんスよね。"練習見に行ってもいいか"って」

「なんだ、やっぱ黄瀬目当てか」


至極残念そうに溜め息を吐いた森山だったが、何故か黄瀬も不思議そうに首を振ってみせた。


「それが、オレじゃないっぽいんスよね…」









体育館入口を入ってすぐ左、黄瀬目当てで集まっている女子生徒に隠れるように、名前はそっとコートに目をやった。

邪魔にならないようにひっそりと、目立たないようにじっくりと。

その姿を目に焼き付けるように、瞬きすら忘れる勢いでコートを見つめ続けている。


「……やっぱりカッコいいなあ」


思わず零れ出たのは、憧憬や羨望を含むような本音。

瞳に映るのは、恋い焦がれている彼の姿のみ。

元々見に行っていいかと訊いていたのだから想定内だっただろうが、先日、同じクラスの黄瀬にバスケ部の練習を見に来ているのがバレてしまった。

そしてそのとき幸運にも、黄瀬の先にいた彼の視界に入ることが出来たのである。

顔を覚えてもらえていなくてもいい。

名前を覚えてもらえていなくてもいい。

ただの黄瀬涼太のクラスメイトでいいから、彼に認知してもらいたい。

膨れ上がってしまったそんな小さな願いが今、大きな一歩を踏み出そうとしている。


「…………よし」


名前は誰にも気付かれぬよう、そっとカーディガンのポケットへと手を伸ばす。

かさりという手応えに心を奮い立たせ、練習終了の時間を今か今かと待ち侘びたのだった。









練習を終えた海常バスケ部の面々が帰路につき始めたとき、その姿に真っ先に気付いたのはやはり森山だった。


「あ、あれ黄瀬と同じクラスの…」

「あー、名字サンっスね」


校門前で待ちぼうけ、といった様子の彼女は、黄瀬たちが近付くと水を得た魚の如く姿勢を正した。

そして頬を赤く染めたまま、ずんずん歩いてくる。

何故か黄瀬と森山までもが姿勢を正した。


「あの…っ」


絞り出された声に、誰かの喉がごくりと音を立てる。


「私、黄瀬くんと同じクラスの名字名前って言います!…その、良かったら読んで下さいっ」

「……………え?」


直角に頭を下げた後輩から差し出された淡いピンクの便箋を前に固まってしまったのは、やや後ろの方で事態を傍観していた小堀だった。

本当に自分なのかという疑問や遠慮も相俟っているのだろうが、確実に真っ直ぐ差し出されているそれをおずおずと受け取る。


「……ありがとう」

「じゃあ、失礼します」

「あ、待って名字さん」


顔を上げた名前は羞恥を露に縮こまっている。

赤らんだ頬、何かを訴えている双眸、固く閉ざされた両唇が、"恋する乙女"を体現していた。

対峙する小堀も恥ずかしそうにはにかむと、ほぼ初対面の後輩に優しく声をかける。


「返事書くから。絶対」

「………はいっ」


綻んだ花のような笑顔で頷く名前。

彼女たちの周りには今、間違いなく見えない花畑が広がっている。

そんな花畑から除外されたその他のうち、早々に名前の存在に気付いていた森山とクラスメイトである黄瀬は、何とも言えない表情で2人を見守っていた。


「……そこか」

「……そこっスか」


律義にもこの翌日、返事を認めた手紙片手に小堀が黄瀬のクラスへ顔を出すことになるのだが、今のご時世に手紙でやり取りをする2人が携帯でのやり取りへ移行するまで、何故か1週間かかったそうである。

何はともあれ、めでたしめでたし。


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