誰もいない静まり返った部室で、私は1人部誌を見ていた。
秀徳バスケ部の下っ端マネージャーとして部室の施錠を買って出て、資料を読み漁る。
これが最近の私の日課だ。
さすが歴史があるだけあって、この部室には凄まじい量の資料が保管されている。
優勝トロフィーや表彰状は勿論、歴代の部誌に練習や部員についてのデータファイルも揃っているのだ。
これを見ない手はないだろう。
先輩に事情を話して持って帰ったりもしているけど、間に合わないぐらいの膨大な情報…これを全部読み込んで頭に叩き込めばもっとバスケに詳しくなって、そして───あの人に近付けるだろうか。
「…うわ、ヤバ…」
そうこうしているうちに、かなり時間が経ってしまっていたらしい。
いい加減鍵を返しにいかないとマズい。
その前に、棚から引っ張り出した部誌やらファイルやらを元通りに片付けなければ。
「まだ誰か残って……名字?」
「お、大坪主将!お疲れ様です!」
声が聞こえたと思ったら、その相手は我らが主将・大坪先輩だった。
私が慌てて頭を下げると、制服姿で帰り支度もばっちりな主将が不思議そうに部室へ入ってくる。
「懐かしいのを引っ張り出してきたんだな」
そう言った主将の手にあるのは、今から2年前に書かれた部誌だ。
私も知らない、主将たちが1年生だった頃のものなのである。
「私の知らない秀徳が知りたくて」
「名字の知らない?」
「はい。私はまだ1年で、バスケのことも秀徳バスケ部のことも全然知りません。でも私はここでマネージャーとして、日本一になりたいんです。皆と一緒に、"不撓不屈"を背負って戦いたいんです」
この気持ちに嘘偽りは一切ない。
日は浅いかもしれないけど、私は大坪主将率いるこの秀徳バスケ部が好きだ。
「そうか。俺達が卒業してもウチの部は安泰だな」
あぁ、そっか。
3年生と一緒にいれる時間はそう長くはないんだ。
いつもボールを鷲掴んでいる大きな掌で私の頭を撫でると、主将は手慣れた様子で部誌を片付けていった。
ついうっかり少し惚けて泣きそうになっていた私も、慌てて後に続く。
「さぁ、そろそろ帰るぞ」
「はい!」
「名字は家何処なんだ?緑間達の方か?」
「はい、そうです」
「俺もそっちだし、もう暗いから送ってくよ」
「えええええ!?」
「え?」
ずっと素直に頷いていたのに急に叫んだからか、大坪主将はきょとんと目を丸くして私を見下ろした。
そんな目で見ないで下さい…!
「ちがっ、いやその…何と申しますか…!」
「名字は大事なウチのマネージャーで、可愛い後輩だ。主将として、1人で帰すわけにはいかない」
力強くはっきりと言い切る主将。
都合のいいところばかりが私の脳内でリフレインしている。
やっぱり私は秀徳バスケ部が好きだ。
そしてそれと同じぐらい、やっぱり主将が好きだ。
「じゃあ…お言葉に甘えて」
「お安いご用だよ」
2人揃って部室を後にし、鍵を返しにいく。
どんなこと話したらいいんだろう。
やっぱり部活の話?
それとも先輩のこと訊いてもいい?
「名字、行くぞ」
秀徳バスケ部のマネージャーとして自信がついたら───
「はい、大坪主将!」
もう一歩踏み出してもいいですか?
なんちゃって。
張り裂けそうな胸を押さえ、私は急いで主将の隣へと駆け出した。
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