また今日もか。
若松は落胆した。
密かに憧憬を抱いている先輩の姿は嫌という程視界に入るのに、ここ数日まともに会話出来ていないのである。
桐皇バスケ部によるマネージャー・名前贔屓は周知の事実ではあったが、それにしても皆が皆べったりでチャンスがないのだ。
つい先程までは、同じクラスでもあり主将とマネージャーという役柄上話す機会も多い今吉と、ヤケに真剣な様子でミーティングをしていた。
資料を見つめる真剣な瞳がただ純粋に綺麗だと思ったのは、おそらく若松だけではないはずだ。
かと思いきや、次の瞬間には諏佐と赤本のあの問題がどうこうと、後輩では到底理解出来ないレベルの会話をこれまた真剣な様子でしていた。
内容が内容ということもあるが、3年同士それなりに付き合いもあれば仲も良いのだから、当然若松が会話に割って入るなど出来るはずもない。
Tシャツに短パンという同じような格好だと言うのに、彼女はそれは頭が良さそうに見えるし、実際成績も上位らしい。
そうして若松が溜め息を吐いているうちに、いつの間にか意地悪い笑みを浮かべた青峰がちょっかいを出しに行き、涙目の桜井が何故か巻き込まれ、彼女を敬愛している桃井が怒りながらその輪に加わった。
喧しく騒ぐ後輩に混じって笑う様は、名前の人柄の良さを示しているようだ。
若松はそれらに背を向けた。
「…くそっ」
「どしたの若松。機嫌悪いじゃん」
苛立ちを舌打ちに込めたそのとき、背後から待ち望んでいた声が響いた。
「うぉっ!!?」
思わず仰け反った若松に、名前は堂々と指を指しながら笑い始める。
「ちょ、何よ今の声裏返ってたし!若松が!あの若松が!」
「"あの"って何なんすか!」
「えー、いやだってさぁ」
「オレだってビビるときぐらいあるっすよ、名字サン!」
何故か馬鹿にされて指を指されて笑われたというのに、若松の胸中は飛び上がらんばかりに喜びで溢れていた。
何せ念願の先輩と2人きりでの会話だ。
喜ぶなという方が無理な話だろう。
「ま、心配はいらなそうだね。後半ゲームやるからお楽しみにー」
「うっす!」
「今吉敵だけどね」
「マジっすか」
若松は口角を引き攣らせた。
言わずもがな、彼の中で主将・今吉は、敵に回したくない人ランキング上位に君臨している。
その今吉が敵チームということは、オイシイところをもらえないどころか塵のように惨敗という結果も十分考えられるのだ。
「分かってると思うけど、今吉は敵味方関係なく走らすだろうから、頑張って」
「……っす」
「万が一アイツに勝ったら、センパイからご褒美でも差し入れしたげよう!」
淀みのない笑顔と共に飛び出した言葉に、少し前まで落ち込んでいたはずの若松の瞳は煌めいた。
これを逃せば全てが終わってしまうかもしれない。
「差し入れじゃなくて、次の休み付き合ってほしいっす!」
「次?あー、駄目だわ。先約あるから、次の次なら空けれるよ」
「大丈夫っす!お願いします!」
「おっけー。んじゃあまあ頑張ってこい!」
「っす!」
叩かれた背の心地好い痛みを噛み締め、若松は練習へ戻っていった。
その頃、同じ体育館内にて。
ひっそりこっそりデートの約束をもぎ取ろうとしていた若松を、にっこり、という音が聞こえそうなぐらいの笑顔で眺める男と、その男の横で同情たっぷりに溜め息を吐いた常識人がいた。
「いやぁほんま怖いなぁ、ウチのマネージャーは。なぁ諏佐」
「お前に言われたら終わりだろーよ」
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