練習が10分休憩に突入するや否や、副主将は首にかけたタオルで汗を拭いながら、傍らで仕事に勤しむ後輩マネージャーに声をかけた。


「なぁ、名字」

「どうしたんですか?福井先輩」

「敦と氷室は?」

「見てませんけど…え、いないんですか?」


きょとんと目を丸くした少女が辺りに視線を巡らすも、目当ての姿は見当たらないようである。

兄弟のように仲良さげな2人のことだから、揃って体育館を出たのかもしれない。

陽泉自慢のWエースに用事があるらしい福井は頭を掻きつつ、名前と反対方向で休息をとっている留学生の方へと向き直った。


「なぁ、劉。敦と氷室見てねー?」

「見てないアルよ。休憩まではいたアルけど」

「何言ってるんですか、アル先輩。"休憩まではいた"って、練習中なんだから当たり前じゃないですか」


間髪入れず返ってきた返事に、間髪入れず少女のツッコミが入る。


「分かってるアルよ!てかアル先輩って何アルか!?」

「アル先輩はアル先輩じゃないですか。ねぇ福井先輩?」

「アルなんか言う奴オマエしかいねーし。まぁアレだ、アゴリラよりマシだろ。…あ、モミアゴリラか」

「ケツアゴリラでも可アルよ。でももうめんどいからモアラでいいアル、モアラで」

「えー、ケアラよりはいいけど、モアラじゃ可愛すぎますよ!主将の顔面に不釣り合いです!」

「じゃあオマエ何か考えろよ」


力強く先輩2人の意見を否定したものの、副主将命令を受けたマネージャーは一瞬口ごもった。

普通、脳内にすぐ浮かんでくるはずの言葉が浮かんでこなかったのだ。


「………モアラ先輩の名前って何でしたっけ?」

「モミアゴリラだろ」

「モミアゴリラアル」


先輩たちの回答が重なる。

ふむ、と納得の息を漏らした名前は、続いてゆるりと小首を傾げた。


「………アル先輩の名前も何でしたっけ?」

「アルだろ」

「違うアル!!何でマネージャーが部員の名前忘れるアルか!?」

「福井先輩と氷室先輩と紫原くんは覚えてます!」

「そんだけ覚えてりゃ充分だろ」

「どこがアルか!もう嫌アル、この副主将信者!」

「え、私副主将信者なんですか?」

「さぁ?」


副主将と劉曰く副主将信者のマネージャーの話題が他へ逸れたとき、コートの隅では、それは大きな図体を出来るだけ小さく折り畳み、さめざめとしている男の姿があった。

その正体は、このやり取りの始まりである、"敦と氷室を見てないか?"という質問すらされていない、彼である。


「主将なのに、話題になってるはずなのに、輪の中に入れてもらえない…!何でこんな扱いなんじゃ…!」




ボケとツッコミが飛び交う3人に、1人泣き濡れる主将。

その光景を少し離れたところから眺めていた美麗な青年は、困ったように片眉を下げる。


「…今日も仲良さそうだね、あの4人」

「んー?まぁいーんじゃない?」


隣にいた長身の後輩から放たれた興味なさげな返事に、氷室は苦笑を返すだけだった。


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